花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「でも、契約が……」


震える唇で尋ねると、依玖さんが口元の手を外して、自身の前髪をかき上げる。


「逢花への想いに名前をきちんとつけられないくせに、奪われるのも誰かに傷つけられるのも嫌で焦っていたんだ。出会って日も浅い俺を受け入れてもらうためには、契約を持ち出すしかないと考えた」


「でも、取り決めた条件があったでしょう?」


「あれは本気半分、建前と言い訳半分だな」


「恋愛感情が不要っていうのは……?」


一番恐れていて聞きたかった事項を尋ねる。


「条件を決めるときに説明したが、ずっとそう考えていたのは事実だ。俺の感情や考えを覆すような人に出会えると予想もしなかったし、望んでもいなかったんだ」


そう言って、いまだ不安におびえる私の心を見透かしたように頬に長い指で触れた。


「でも、逢花に出会った。俺は本当の恋を知らなかっただけだった」


力強く言い切って、真っすぐに真摯な視線を向ける。


「条件を偉そうに提示した手前、自分の気持ちに気づいた後も、訂正も告白もできずにいた。自分の行動や感情をよく考えればプロポーズした時点で答えはわかっていたはずなのにな」


「違う。あなたを想っていたのに、気持ちさえ隠せば一番近い存在になれると思って黙っていた、私がズルいの」


感情を吐き出すと、こらえきれなくなった涙が頬を伝う。
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