花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
9.薄氷の幸せ
検査薬を試した夜から半月近くが経った。

お盆休みが近づき、どことなく社内も浮足立っている。

お互いの考えや想いを打ち明けた後、私たちは通いやすい距離と雰囲気の産婦人科を探し、予約を取ってふたりで受診した。

四十代くらいの穏やかな女性医師から妊娠を告げられ、泣きそうになった私の肩を依玖さんが優しく抱き寄せてくれた。

彼からのおめでとうとありがとうの言葉に幸せがあふれ出す。


妊娠初期の過ごし方、今後の体の変化や注意事項など助産師からの詳細な説明を、依玖さんは一緒に聞きたいと言って、私よりも積極的に質問をし、助産師を驚かせていた。


『逢花の妊婦健診にはできるだけ付き添いたい』


受診後の宣言に、嬉しさで心の奥がじわりと温かくなった。

私の妊娠は詐欺の件もあり、せめて安定期に入るまでは伏せたいと告げられ、了承した。

さらにこれまで電車通勤をしていたが、今後は安全面を考慮して、送迎車を利用してほしいと言われた。

公表しているとはいえ社内で夫に関しては隠されているし、突如一般社員の私が送迎されていたら逆に注目されると何度となく説得を試みたが、却下された。


『大切な妻に万が一なにかあったら自分を許せない』


悲しそうにつぶやく姿に、楽観的な意見や拒絶はこれ以上口にできず、せめて会社近くの目立たない場所での送迎をお願いした。
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