花縁～契約妻は傲慢御曹司に求愛される～
「笠戸さんの体調はどう？」


「……元気にしているよ。今は職探しをしているみたいだ」


なぜか口ごもりながら話す姿が少し気になったが敢えて尋ねなかった。

元恋人の生活に興味はなく、関わりたくない。

人目のある社内だし、妙な噂が流れでもしたら厄介だ。


「そう、よかった。私、そろそろ戻るわね」


席を立とうとトレーを掴んだ瞬間、元恋人が睨むように見つめてきた。


「どうしてこのタイミングで葵株式会社に異動するんだ？　特別な事情でもあるのか？」


「なんの話？」


「誤魔化すなよ。お前の夫が誰なのか知っているし、異動の話も人事に確認したんだ。まさかうちを正式に取り込むつもりなのか？」


「ちょっと待って、なにを言っているの？」


理解できず慌てて口を挟むと、久喜は不機嫌そうに眉根を寄せた。


「知らない振りをしても、無駄だぞ」


剣呑な口調に少々ムッとしつつも本当に知らないのだと訴えると、怪訝そうにしながらも詳細を教えてくれた。

どうやら来月中には葵株式会社へ私の異動の辞令が出るらしい。

グループ会社とはいえ別会社になるため正式には転籍扱いだそうだが一応異動扱いになっているという。

笠戸さんから散々聞かされたらしく、久喜は私の夫が依玖さんだと知っているらしい。

さらに来年度中にオープン予定のホテルプロジェクトに久喜は関わっており、幾度となく葵株式会社に足を運んでいるという。

けれどこれまでその類の事業に一切関わりなかった私の突然の異動を耳にして、今日、行動を起こしたらしい。
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