花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「異動の件なんだけど」


「ああ、来月からだろ? もっと早くてもよかったんだが……」


当たり前のような返答に、目を見開く。


「知っていたの?」


「もちろん、決定したのは俺だから」


「どうして? 私は今の仕事も会社も好きだし、希望も出していないわ」


「俺たちの結婚を快く思わない連中も一定数いると入籍前に説明しただろう。逢花を守るためにも目の届く場所にいてほしい。妊娠している今はなおさらだ」


さらに契約結婚の取り決め時にも話したはずだと付け加えられ、記憶を探る。


『勤務先にも近いから心配するな。そのうち勤務地は変わるが距離も問題ないだろう』


脳裏に浮かんだ台詞にハッとする。


「まさか、あのときの……? でも状況が違うのに」
 

想いが通じ合った今は、一般的な夫婦のはずだ。


「違わない。俺たちの契約はずっと有効だ」


きっぱり不機嫌そうに言い切られ、ピシリと心に小さな亀裂が入った。


「以前同意したのだから、説明の必要はないだろ」


キツイ口調に呆然とする。


「なぜ異動を渋る? 当面の仕事内容はさほど大きく変わらないしプロジェクトメンバーの半数は今の会社の人間のはずだ。動きたくない理由があるのか?」


「どういう、意味?」


「元恋人と親密に話をしていたらしいな」


含みを持たせた物言いに、瞬きを繰り返した。
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