花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
体が柔らかな感触と安心する匂いに包まれているのを感じて、目を開ける。

薄暗い室内は、昨夜記憶に残っていた自室ではなく見慣れた寝室だった。


私、自分の部屋にいたはずよね?


状況を整理しようと記憶を呼び起こす。

そして仰向けの体を動かそうとして、肩と腰に長い腕がまわっているのに気づいた。


「……起きたのか? 夏場とはいえ夜は冷える、体を大切にしてほしい」


頭の上のほうから聞こえる掠れた声に、鼓動がひとつ大きな音を立てた。

瞬時に昨夜の会話を思い出し、腕から抜け出そうとすると依玖さんが強い力で引き寄せる。


「ひとりで眠るのは許さない……心配するだろ」


独り言のように耳元近くでささやかれ、性懲りもなく期待しそうになる自分を戒める。

私が妊娠しているから心配なだけ、深い意味はないの。


「重かったでしょ、運んでくれてありがとう」


今すぐここから逃げ出したい衝動を抑えながら冷静に礼を告げると、依玖さんが大きな息を吐いた。


「昨日は……悪かった」


まさかの謝罪に心が揺れるが、発言を撤回や否定されない現実がなによりつらかった。

ここで、泣きたくない。

彼の嫌う、鬱陶しく面倒な女にはなりたくない。


壊れかけた心がさらに粉々に砕けていく音を聞きながらも、きつく目を瞑って耐える。
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