花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「逢花、寝ているのか?」


黙り込んだ私の名を何度か呼びながら、彼が肩に回していた手を外し頭を撫でた。


「……まだ夜明け直後だからな、おやすみ」


そう言って、再び私を抱えなおし眠る姿に胸が張り裂けそうに痛んだ。


私の突然の異動は社内で話題になっていたが、なんらかの大きな案件がある都度出向する社員は多いため、特別に疑問視されなかった。

ただ、すべての事情を話していた凛だけはずっと不機嫌だった。

拗れたままでいいのか、お互いにもっと言葉を尽くして本心を伝え合うべきよと幾度となく忠告してくれたが、これ以上現実を受けとめる余裕がなかった。

再び小さな期待を胸に抱いて、同じような結果を聞いてしまったら、きっと立ち直れない。

出向とはいえ仕事をする顔ぶれも内容も変わらないし、妊娠中なので送別会は断った。

ちなみにあの食堂での一件以来、久喜と話はしていない。

薄情かもしれないが、今の私には、彼を思いやるゆとりはない。

会社で噂になっていないし、変化はないのだろう。

笠戸さんを選んだのは久喜なのだから、自身で解決してほしい。

あんなに彼らの結婚がショックだったのに、今はまったく心が痛まない。

改めて依玖さんへの想いの大きさを思い知り、切なくなった。
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