花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
そのとき、廊下で微かに人の話し声が聞こえた。

思わず頭を動かしてガラス戸を見つめると、私の行動にいち早く反応した彼女が舌打ちをし、素早い動作でそばにやってきた。


「声を出さないで」


そう言って、自身のバッグからフェイスタオルを取り出して私の口にあてて、後頭部付近で縛った。


「まったくなんなの?」


イライラした様子で私を立たせ、少し紐を緩めて無理やり引きずるように歩かされる。


「さっさと動いて!」


無茶な注文をつけながら、資料が保管してある室内の最奥にある書架へと引っ張られ、角側の一見するとわかりにくい場所の床に座らされた。

笠戸さんは足早に自身のバッグを取りに戻り、室内の電気を消して私の足の紐をきつく結びなおす。


「荷物はどこっ?」


小声で問いつめられた瞬間、ガラス戸のロックが解除される音が響いた。

目を見開いた笠戸さんは唇を噛みしめて、私に抱き着くようにして体の自由を奪う。


「ここまで来たんだから、絶対に逃がさないわ」


暗い声にぞっとする。


「一路さん? いる?」


「照明は消えていますけど、荷物はありますよね。どこかに行ったのかしら」


響いた声は先輩と同僚のものだった。
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