花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
しかも俺の前から逃げ出した彼女は、俺についてなにひとつ調べていなかった。

詮索されたくないでしょう、と一夜限りの相手にまで心を砕く鈍感さにも似たお人よし具合に言葉を失った。

下手をしたら、利用されてひどい目に合うという危機感のなさに二の句が継げなかった。

なによりも、彼女は俺になにも望まなかった。

求められる日々に疲弊して感覚も麻痺していた俺の心を逢花の優しさが満たし、包み込んでくれた。

思えば最初から直感的に惹かれていたのかもしれない。

傷ついているのに、先に相手を気遣う不器用さに驚き、ひたすら甘やかして大事にしたいと知らず知らずのうちに願うようになった。

ほかの誰も彼女の真の美しさに気づくな、俺だけでいいと馬鹿げた独占欲まで持つようになっていた。

恋愛なんてくだらない、一時的な感情に人生を左右されるなんてありえないと思っていた。

契約と形に残るもの以外信じなかった俺を逢花が変えた。

今なら、よくわかる。

大勢の人間が恋に必死になり、涙する理由が。

唯一無二の相手を追い求め、自分以外の誰かを心から愛する気持ちが。
< 159 / 190 >

この作品をシェア

pagetop