花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
彼女への後ろめたさはあるが、きちんと罪を償ってほしいと思った。

久喜は知らなかったとはいえ、IDカードを盗まれ、事件が起こったのは事実だし、私を貶め、情報も流していたため、事情徴収を受けたそうだ。

久喜の行動は罪に直結するものではなく、依玖さんは訴えを起こすつもりもないようだった。

だが事件の後すぐ、久喜は辞表を提出したという。

けれど上司や同僚に諭され、地方支社への異動になったらしい。

今後は目先の出来事に惑わされずに誠実に生きてほしいと願った私は薄情だろうか。


「どうして依玖さんはそんなに私を大切にしてくれるの……? 私はなにも返せていないのに……」


ずっと私を守り、大事にしてくれていたけれど、いまだに、なぜ好きになってもらえたのかわからない。


「……俺はずっと求められ続けてきた」


淡々とした声に、少しだけ顔を上げ整った面差しに視線を向けた。


「なんでも完璧に対処できて当然で、ひとつが終わればすぐ次のものが用意される。そこに俺の感情は不必要で自分は機械のようだと思っていた」


初めて聞く彼の生い立ち、内面の部分の話に心がざわめく。


「名家に生まれ、何不自由ない生活に感謝はしていた。だが求められ続ける毎日にうんざりして心が疲弊し、麻痺していくのを日々感じていた」


二十代後半には、恋愛はおろか人生さえも半ばあきらめていたという。
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