花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「――終わったよ」


「ありがとう、とても助かったわ」


カチとスイッチを切った俺を振り返って逢花が口角を上げる。

その微笑みひとつにどれだけ心を揺らしているか、彼女はきっと知らないだろう。


「洗面所と浴室を片付けてくるから先に休んで」


眠そうな表情を浮かべる逢花にささやくと、手伝うと言われてもちろん断った。

大変な思いをして体も心も完全には癒えていない妻には少しでも早く、長く休んでほしい。


「もう少しここにいてもいい? 凛のメッセージに返事をしたいの」


「構わないが……無理はするなよ」


「うん、ありがとう」


返事を聞いて、俺はドライヤーを手に浴室へと向かう。 

昨夜、逢花が眠っている際に連絡があった彼女の親友には、事の次第を伝えた。

すると逢花の身を案じた親友は病院に駆けつけ見舞ってくれた。

両親たちも大変心配し、すぐさま病院へとやってきて、逢花の状態を確認後、事後処理や手続きに協力してくれた。

親友への返信を理由に、さりげなく俺を待とうとしてくれる温かな気遣いが、今ならわかる。

俺ひとりに用事を押しつけていることを心苦しく思っているのだろう。

自分がつらくしんどいときでさえ、相手を深く思いやる心にこれまでどれだけ助けられただろう。

守られて癒されていたのだろう。

これから先の人生で俺はどれだけ返せるだろう。
< 182 / 190 >

この作品をシェア

pagetop