花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「子会社の人間の調査は簡単なのに、躊躇うからだろ」


車内にふたりだけのため、くだけた普段の物言いで誠が再び確認してくる。


「逢花は素性を知られたくなさそうだったんだ……無理に追い込みたくない」


あの晩、激しく抱き合った後意識を失うように眠ってしまった逢花の荷物を片付けていると、バッグからIDカードが見え、勤務先、名前を知った。

後々調べるつもりだったとはいえ、私物を勝手に漁るのは気が引けた。

お互いの素性を明かさずに体を重ねるなんて初めてで、それほどまでに彼女を欲していた自分に驚いた。

涙の痕が残る頬に口づけて無理をさせたと苦笑しつつ、悲しい涙を流したまま眠りにつかなくてよかったと安堵した。

湧きあがる庇護欲に戸惑ったが、自分の心が柄にもなく弱っているせいだと思い込んだ。

小さく寝息をたてる様子に自然と口元が綻んで、柔らかな体を腕の中に抱きしめた。


「逃げられるなんて、完全無欠の社長らしからぬ失態だな」


「……うるさい」


「しかもSNSの類も利用していないようで見つからず八方塞がり」


口の減らない秘書を睨みつける。


「内情を暴くのが目的のくせにな。そもそも疑惑のある女性に接触した時点で連絡しろよ。抱く前に」
 

非難の滲む誠の苦言を、口角を上げて受け流す。


「最初は巧妙な罠だと思ったが、段々違和感を感じてな」


詐欺まがいを働く人間にしては、不器用で謙虚すぎる。

これが演技ならたいしたものだ。
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