花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「なぜ優しくするの? 泥水がかかったのは事故だし、私たちは見知らぬ者同士でしょう?」


「運転していたのは俺だ。逢花は転んで、ブーケがつぶれた」


淡々と状況説明をしながら、片手を耳の後ろに差し込んでくる。

ゆっくりと髪を梳かれ、名前を呼ばれて背筋に甘いしびれがはしった。


「か、代わりに大きな花束をいただいたわ」


「俺は今夜、ひとりでいたくなかった。最悪な気分のふたりが出会うなんて縁があると思わないか? 俺は逢花がほしい」


真っすぐな物言いにコトンと心が動き、なけなしの理性がどんどん叩き壊されていく。

私とは違う世界に生きているこの人と、今後会う可能性は低い。

こんなに完璧な男性に、ひと時とはいえ求められるなんて、代り映えしない毎日を繰り返す私には二度と起こらない出来事だろう。


「本気、なの? 後悔しない……?」


「それは俺の台詞。このまま逢花を手離せばきっと後悔する」


眦を下げ、私のこめかみに唇で触れる。

よくある誘い文句に乗るなんてどうかしているともうひとりの私が頭の中で忠告するが、視線を逸らせない。

ゆっくりと整いすぎた容貌を傾けた葵さんが、私の唇を自身の唇で塞ぐ。

至近距離に見える伏せた長いまつ毛と額に微かに触れた艶やかな髪に、心が大きく揺れる。


「目を閉じて」


ほんの少し唇を離し、情欲を滲ませた目で甘い命令を発する。

ドクンドクンと大きく響く鼓動をコントロールできない。


「待っ……」


私の制止を無視するかのように唇が再び重なり、長い指が後頭部を強く引き寄せる。

角度を変えて繰り返される長いキスに翻弄され、頭の中が真っ白になっていく。

唇を擦り合わされ、時折、下唇を甘噛みされる。

こんなに胸がいっぱいになるキスは初めてだ。
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