花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
ところが彼女は思ってもみない言葉を口にした。

欲まみれの身勝手な願い事ばかりを耳にしてきた俺が、わざわざ彼女の願いを尋ねた理由は、罠と詐欺女性ではなかった場合の迷惑料の代わりのためだった。

謙虚に振舞っていても、金が絡むと本性を現すはずだ。

けれど彼女は俺の予想を裏切った。


『必要と、されたい』


よりによって、俺が最も嫌う事柄を切実に口にする。

普段の俺なら作り笑顔で容赦なく切り捨てられるのに、できなかった。

平静を装って叶えると返答する一方で、頭の中に彼女への言葉が自然と溢れていた。


泣かないで、笑って。


もう悲しまないで、俺が甘やかすから。


激しく心を揺らす感情に、背中を押されるように声が出た。


『絶対に傷つけないし、離さない……今夜からお前は俺のものだ』


疑いが消えたわけでもない。

それなのに、初めて抱く強い感情に戸惑った。

俺が抱える空虚さを、最悪な状態で思い出させた最低な夜を、彼女が瞬く間に変えた。

人目を引く華やかさはなくとも内面から輝く、透明な美しさに強く心が囚われた。

出会ったばかりで抱くつもりなんてなかったのに、正直に感情を伝える真っすぐな目、不器用な振る舞いと引き寄せられた唇の熱さに我を忘れた。

離したくなくて、自分だけのものにしたくて、もっともっとと求めた。
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