花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
聞こえてきた固有名詞にするりとスマートフォンが指から滑り落ちた。

幸いにも床にはカーペットが敷き詰められていたため大きな音もせず、女性が私の様子に気づく様子はなかった。


……今の、名前って……葵さん? 


じゃあ、この人は元婚約者?


凛に教えてもらった元婚約者の名字を思い出し、頭から冷水を浴びた気がした。

心がざわついて、言葉にならない不安が胸の奥から湧きあがる。

その後、彼女は彼と出会った夜の日付までも口にしたため、確信してしまった。


あの夜は元婚約者の婚約パーティーだったの?


『俺は今夜、ひとりでいたくなかった。最悪な気分のふたりが出会うなんて縁があると思わないか? 俺は逢花がほしい』


彼の台詞が脳裏によみがえる。


弱っていたのは、この女性を想っているから? 


だから悲しんで傷ついていたの?


あの花束は元婚約者に贈られたものだったの?


ドクンドクンと鼓動が大きく鳴り響く。

自分がどうして動揺しているのかわからない。

私たちは恋人じゃないし、彼には彼の世界と事情がある。


わかっているのに、なんでこんなに胸が苦しいの?


心が、張り裂けそうに痛い。

久喜と笠戸さんの関係を知ったときでさえ、ここまでショックを受けなかったのに。
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