花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「あの、荷物は自分で持ちます」


凛に紙袋を渡した後も、ずっと持っていてくれた。

何度か返してくださいと頼んだが、やんわりと拒否されていた。


「腕、さっき真っ赤になっていただろ。それに荷物があれば逃げられない」


気遣いに物騒な冗談を織り交ぜて話され、思わず頬が緩んだ。

普段の私ならば警戒して強引にでも返してもらうのに、相手が葵さんだと嬉しく受け入れてしまう。

恋人なんてありえないのに、少しでも夢が見たくなる。

けれど、加賀谷さんの項垂れた姿が心に影を落とす。

……会わなくていいのだろうか。

葵さんは加賀谷さんがここにいるのを知らないようだし、私が伝えなければ、すれ違ってしまう。


でも、なんて言えばいい?


正直、ふたりが一緒にいる姿を見たくない。

この手が離れていくのはとても寂しいし、嫌だ。

私が口にしなければ、まだそばにいられる。

誰かの恋の邪魔はしたくないし、そのつらさも知っているのに。

自分勝手な感情と中途半端な良心がせめぎあう。

迷う私はどこまでも意気地なしで、ズルい。


「逢花、どうした? どこか具合が悪い?」


黙り込んだ私を訝しんだのか、足を止めた葵さんが私の目を覗き込む。


ああ、ダメだ。


やっぱり好きな人の不幸を願ってまで奪えない。


「すみません……私……」


覚悟を決めた瞬間、大きな声が背後から響いた。
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