花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「依玖、待って!」


「……美津?」


体を起こし振り返った葵さんが、小さくつぶやく。

少し遅れて後ろを見ると、加賀谷さんが泣きそうな表情で葵さんに向かってきていた。


加賀谷さんが勢いよく葵さんにしがみつき、彼と私の手が離れた。


「来てくれたのね! さっきロビーで女性たちが興奮気味に依玖の話をしていたの。すごい騒ぎになっていたのよ」


SNSで経緯を確認して慌てて捜したのよ、と早口で加賀谷さんが告げる。


「ねえ、恋人宣言ってなに? なんでそんな話に?」


「……打ち合わせはここだったのか、美津」


しがみついたままの加賀谷さんを引き離し、彼がため息を吐く。


「ええ、とりあえず場所を移動しましょうよ。あら、あなたはさっき……」


加賀谷さんは、私が葵さんのすぐ近くにいるのに気づくと首を傾げた。


「知り合い?」


葵さんに尋ねられ、首を横に振る。


「牡丹の間があるソファ席で、偶然一緒になったの。ずっと依玖と話していたから邪魔をしちゃったのよ。本当にごめんなさいね」


加賀谷さんが簡潔に告げる。


「私的な話を人目がある場所でするなよ」


葵さんが呆れたようにため息を吐く。


「だって切羽詰まって相談しているのに、依玖ったら他人事なんだもの」


「結婚の悩みは当事者の婚約者に話せよ。俺を巻きこむな」


「そんな簡単な話じゃないの、あの人に話せたら苦労しないわよ」


加賀谷さんは不満げに眉根を寄せる。
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