花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「依玖だって公の場で恋人宣言したんじゃないの? あら、もしかして……」


不自然に言葉を切った加賀谷さんが、いまだ立ち去らずにいる私に目を向けた。


「俺の恋人宣言は美津に関係ない。逢花、行こう」


淡々と口にしながら、葵さんは胸にしがみつく加賀谷さんを引き離す。


「もしかして彼女が噂の恋人? だったら名前を教えて!」


加賀谷さんが葵さんを睨み、きつい口調で問う。


「い、一路逢花と申します。先ほどは失礼いたしました」


「逢花!」


自ら名乗ると、葵さんが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

私の素性を知られたくなかったのだろうけれど、こんな目立つ場所で言い争うのは避けたかった。


「加賀谷美津です。依玖の元婚約者よ」


「美津!」


「あら、事実でしょ」


さらりと返され、葵さんが睨むが加賀谷さんは動じない。


「一路さんが依玖の恋人なの?」


「ああ、だから邪魔するな。お前は自分の幸せだけを考えていろ。この話はずいぶん前に散々しただろ」


イラ立った様子で言い放つ。

自然と名前を呼び捨て、気安い会話を続けるふたりに自分の立ち位置を思い知らされた。

咄嗟の嘘だとわかるのに、彼の肯定に大袈裟に反応してしまう私は本当に救いようがない。


「だって、決心がつかないの」


「……俺を巻き込むな」


彼は素っ気なく言い放ち、私の手を引いて、停車していたタクシーに乗り込む。


「依玖!」


タクシーのドアが閉まる直前、再び加賀谷さんの悲痛な声が響いたが、彼はそのまま運転手に発車を促した。
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