花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「……降りて」


目的地に到着し、ずっと車内で無言だった彼が言葉を発する。

後部座席に座っている間、葵さんは車窓を眺めていて私と目を合わせようとしなかった。

気まずさを抱え降車した場所は、一夜を過ごしたホテルだった。


「……誰にも邪魔されず逢花と話したい」


私の胸中を読んだかのようなひと言に、どう反応すべきか迷う。

加賀谷さんの件をはじめ、聞きたい事柄はたくさんあるのに、この曖昧な関係性で尋ねていいのかもわからない。

素性を知っているとはいえ、密室にふたりきりは避けるべきだ。

今度は言い訳できないのに、タクシーの中でもずっと絡ませたままだった指を振りほどけない。


……葵さんが、好きだから。


正しい行動じゃないとわかっていても、ついていきたかった。

以前と同じように豪奢なロビーを通り抜け、エレベーターで最上階へと向かう。

まるであの夜の再現のようだ。

記憶に残る部屋のドアを開けて、室内に葵さんが足を踏み入れた途端、振り返って、私を胸の中に閉じ込めた。
 
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