花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
自宅マンションの前で別れるつもりだったが、なぜか部屋の前まで送ると言われた。

断る決定的な理由を探している間に手を引かれて、マンション内に入ってしまった。


「送ってくださってありがとうございます。明日退社後に連絡しますね」


自室の前に到着し、降車以降ずっと無言だった依玖さんに声をかけると突如体を引き寄せられた。

背中に回された力強い腕と至近距離に漂う香りに心拍数が上がる。


「敬語、使い過ぎ」


責めるような口調とともに体を少し離した彼が、私の顎を長い指で掬い上げる。

不機嫌さの滲む眼差しに謝罪をしようと唇を開きかけた瞬間、唇が強引に重なる。


何度か角度を変えてキスを繰り返した依玖さんは、最後にそっと私の体を抱きしめた。


「早く俺に慣れて」


色香の滲む声でささやかれて、背中にしびれがはしる。


「返事は?」


「は……い」


やっとの思いで声を絞り出した私に彼は妖艶な眼差しを向け、満足そうに額に口づける。


「また明日。無理をするなよ」


ぽんと頭を撫でて、踵を返す。

コンクリートの地面に革靴の音が響き遠ざかっていく。

火照る頬を片手で押さえながら、機械的に指を動かしバッグの中から鍵を取り出す。

動揺しているせいかうまく開かないドアと格闘して、部屋に入り施錠した途端力が抜けた。


「本当……反則……」


混乱のせいか押さえつけた恋心が暴れだす。

決して叶わない想いをどうやって捨てればいいのだろう。
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