花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
8.「あなたが好きです」
翌朝、寝不足で重い体を無理やり起こし、すぐ近くにあるカーテンを開ける。

窓の向こう側には、六月初旬の青い空が広がっていた。

荷造りは昨夜遅くまでかかり、なんとか終えた。

今後の生活に不安は募るけれど、もう引き返せない。

依玖さんから婚姻届は提出しておくと昨夜遅く、メッセージが届いていた。

私には人生における一大事なのに、事務的な報告に胸がズキリと痛んだ。

既婚の友人たちのように、ともに入籍手続きを行って祝いたいなんて言えない。

わかっているのに、些細な出来事に一喜一憂する心の弱さにうんざりする。

長年暮らした自宅にこれまでの感謝を込めた一礼をして、会社へ向かう。

凛に怒涛の展開を報告したかったが予定が合わず、今日は社内でも顔を合わせなかった。

代わりに多くの同僚たちに依玖さんとの仲を改めて聞かれ、事前に彼と申し合わせていた通り婚約したとだけ伝えた。

すでにネットニュースで配信されているせいもあり、依玖さんは入籍後正式に発表すると言っていた。

視界の端で、もの言いたげな久喜の姿が見えたが、気づかない振りをした。

妙な緊張を感じながら仕事を定時に終えて、会社から少し離れた大きな通りに出たところで依玖さんに電話をかけた。


『お疲れ様、逢花』


すぐに応答してくれた声はとても穏やかだった。
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