花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「お疲れ様です。今、会社を出たのですがどこに向かえば、いい?」


敬語に気を取られ、変な言い回しになる。


『急がなくて大丈夫だ』


「え?」


「残念、敬語のままならお仕置できたのにな」


スマートフォンではなく、なぜか背後から声が聞こえ、急いで振り向くと、楽しそうに口角を上げる依玖さんが立っていた。


「近くで仕事があったから迎えに来たんだ」


スマートフォンをスーツのポケットに入れ、片手を差し出す姿に思わず見惚れてしまう。


「おいで、逢花」


呼びかけられてやっと体が動く。

大きな手に指先が触れただけで胸がいっぱいになる人なんて、これまで出会ったことはなかった。


「忙しいのに、ありがとう」


「どういたしまして。大切な婚約者を迎えに来るのは当然だ」


突き放したと思ったら急に甘くなる彼の態度に翻弄される。

どこまで近づいて、踏み込んでいいのか、まだ距離感が掴めない。


お願いだから、勘違いするような真似はしないで。


近くの駐車場に停められていた彼の車で自宅マンションへと向かう間、心の葛藤は一度も口に出せなかった。


「すごい……」


事前に説明されていたとはいえ、実際に依玖さんが所有するマンションを目の当たりにした感想は単純なものだった。
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