花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「この間も言ったが、逢花は自分のペースで生活してくれ。俺に構わないでほしい」


会合などで帰りも遅い場合が多いため先に休むように告げられた。

さらに食事は好きにするようとも言われた。

冷たく突き放されたわけではないが、今後自分の生活について干渉するなと釘を刺された気がした。

浮ついていた気持ちが萎み、改めて契約結婚の意味を思い知らされた気がした。

機械的にうなずき、彼と食事の後片付けを終えて自室に戻った。

暗く沈みそうな思考を振り払い、片付けに取り掛かる。

たとえ叶わぬ恋でも好きな人の妻でいられるし、触れられる距離にいられるだけで十分幸せだと言い聞かせながら。

コンコンと開いたままのドアをノックされ、視線を動かすとグレーの半そでシャツと黒のスウェットパンツを身につけた依玖さんが立っていた。


「そろそろ切り上げたら?」


「えっ?」


驚いて部屋の壁掛け時計に目を向けると、午後九時半を過ぎていた。


「なにか手伝おうか?」


「ううん、大丈夫。ごめんね、時間をすっかり忘れていて……お風呂はもうすませた?」


「まだだ、逢花のほうが疲れているだろ? 入っておいで」


室内に入ってきた彼が、床に座り込んだままの私に近づき、少し屈んで頬にかかるほつれ毛を耳にかける。


「ありがとう。でも依玖さんのほうが朝が早いし、先に入って休んで」


彼の出勤時間は日によって異なるが、基本的に私より三十分程早いと夕食時に判明した。
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