逆境に咲いた花は、可憐に匂いたつ
 その心情を思った。彼は自ら望んで王になろうとしているのではない。シュテルツが説得し続けたからこその決断だった。

 こんな事態になってどう出るのか。
 最悪、席を蹴って退出してしまうかもしれない。

 冷や汗が流れる。ここまで漕ぎつけてと思った。

 いっとき思考が止まった。
 脳裏にさまざまな思いがよぎる。
 自分の師であった前宰相のレブロン卿、アーロンと語ったこの国の施政。

 あのときアーロンは言っていた。
『頂点に立つ者の(うつわ)で方向が決まるのだ』
 と。

『政治とは国の皆をつなぐパイプのようなものだ。それを無くして統治などできるか』
 故グリンドラ王の悪政に蹂躙されたときだった。それを吐露して憤慨した、臣下ゆえの苦悩だった。

 今ここで自分は何をすべきなのか。

 シュテルツはこぶしを握った。
 そしてガイゼルに焦点を当てた。
「ハインツ殿は、まがうことのない清廉潔白なご出自でいらっしゃいます」
 穏やかに語り掛けた。

「いまガイゼル殿が述べたこと、それはちまたの噂に過ぎないもの。この重要極まりない国政の論議の場に持ち出されることの是非。私は逆にお訊ねしたいのです、伯のご所存はいかなるものかと」

 ガイゼルが黙り込む。
 活路を見い出そうと目を泳がせていたが、
「いやしかし、この問題は捨て置くことが出来るものかどうか。ご参列の皆様はどうお考えでしょう。そして私も発言した以上、明白な回答を賜りたいのです」

「もとよりこの重要な案件はただちに決議されるとは考えておりません。会議は昼をはさんで再開すべく、そして必要なら後日あらためての開催になろうかと思っております。皆様もそのようにご承知いただきたいと存じます」

 そう言ってシュテルツは会場を見渡した。

 その言葉で午前の会議は終了した。


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