短編童話作品集

おいらは大将

 食堂の裏に在る空き地に住み着いたおいらは野良犬である。
名前なんて物はずいぶんと前に捨ててしまったのだよ。
 前はね、大きなお屋敷の番犬を仰せつかっていたのだ。
ところがだ。 おいらは番犬としては役に立たなかったらしいね。
そこで暇を持て余した爺様の遊び相手をさせられていたのだよ。
 ところがね、その爺様が急病で死んでしまった。
そうなると役に立たないおいらなんぞはすぐさまお役御免になって追い出されちまった。

 それからというもの、あっちへこっちへさ迷い歩いた挙句にこの空き地を見付けたというわけさ。
ここは食堂の裏だからねえ、温かいし何より食べ物がどっさと有るじゃないか。
人間様はこんなにもおいらに食べ物を寄越してくれるんだぞ。
 食べきれないからって寝床に置いておくと何処やらの猫様までおいでくださって、このざまだあ。

 ここの空き地は夕方になると近所のお子様たちがお集まりになるらしい。
たまにヒューだのドンだのッて危ない物が飛んでくる。
こないだなんぞ、寝床から顔を出していたらおいらの顔を目掛けて飛ばしてきおった。
まったくもって油断も隙もありゃしない。

 雨が降るとそれはそれで大変なんだよ。 泥沼になっちまってなあ。
好き好んで居座ったのだから文句は言えまい。
そんな時は水が引くまで寝床でおとなしくしてるのよ。
 さあて、今日もフラリと散歩でもしてくるか。
空き地を出て大通りを歩いてみる。 人間様は忙しそうだねえ。
そんなに急いで何処に行くんだい?
もっとゆっくりすればいいじゃないか。
 んでだなあ、帰りにはどっさりと食料を貰ってくるのさ。 見てよ これ。
美味そうな肉だよ 肉。
こんなにたくさん恵んでくれるんだからいい人たちだあ。

 さてさて、夏になると夜は寝ていられない。
お子様たちが夜遅くまで賑やかにしてらっしゃるからねえ。
いつ寝るんだい?

 昼間、思う存分に寝てしまったから夜は寝れなくて困る。
じゃあ、おいらも夜の散歩と洒落てみようかね。
車がひっきりなしに走って行く。 止まることを知らないみたい。
それにしてもずいぶんと歩いたもんだなあ、お腹が空いたぞ。
食べ物は無いかと探していたら懐かしい匂いがしてきたねえ。
何処からするのかと辺りを探していたら有ったよ 有った。
植込みの奥のほうに隠していやがった。
見てよ これはすごい。 生肉だ。
久しぶりじゃないか、しかもこんなにたくさんだ。
人間様は神様だあ。 おいらみたいな野良犬にこんなにいっぱい肉をくれるなんて。
 無我夢中で食べ尽くしたおいらはまたまた歩き始めたのだ。
でもなんだか喉が渇いたなあ。
あれだけたくさんの肉を食ったんだ。 喉も乾くよなあ。
 水は無いかと探し回っていたら川の音が聞こえてきたぞ。
いい案配じゃないか。 小川だ 小川。
 ちょいとだけ口を突っ込んで飲んでみる。
冷たいし美味いし最高だねえ。
 夜中だから歩いている人も居やしない。
 おいらは無我夢中で小川に飛び込んで水をめいいっぱい飲んだのさ。
そして夢を見るようにピクリとも動かなくなっちまった。
< 3 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop