お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】
第10話、ロミルダ嬢、溺愛される
「ロミルダ嬢、余だ。そなたの婚約者、ミケーレだ」
ロミルダは、はじかれたようにベッドから立ち上がった。
「殿下、今開けますわ!」
部屋を横切る一瞬の間に、ロミルダの心にさまざまな思いがよぎった。
(殿下が私の部屋に直接いらっしゃるなんて! これまで応接間でしかお会いしたことありませんのに、どうして? そうだわ、お父様がお帰りになられたから、ご一緒にいらっしゃったのね。いいえ、そういう問題ではないの。殿下はいつも応接間で、お待ちになられていたじゃない……)
毎月の茶会はたいてい王宮で行われたが、時にはミケーレ王太子が侯爵邸を訪れることもあった。応接間の窓際に立ち庭を見下ろす彼の冷たい横顔、部屋へ入ってきたロミルダを一瞥する興味のなさそうなまなざし――それらを思い出しながらロミルダは扉を開けた。
「ロミルダ! 不安にさせてすまなかった!」
扉が開くや否やロミルダの両手をにぎった青年は、記憶の中のミケーレ殿下とは別人だった。いつもガラス玉のように冷たかった瞳には、情熱が宿っていた。
(殿下の手、あたたかい…… この方にも体温があったのね!)
サラが聞いたら「それはそうでございましょう」と突っ込みそうなことを思いながら、ロミルダはゆっくりと首を振った。
「ミケーレ様がお謝りになることではございませんわ」
「――うむ。じゃ、こいつに謝らせよう」
そう言って騎士団長を振り返るミケーレの目はいつも通り冷ややかで、ロミルダはちょっと安心した。
(熱でもあるのかと思いましたわ!)
部下二人を従えた大柄な騎士団長に、ミケーレは厳しい口調で催促する。
「さっさとロミルダ嬢に謝らぬか。そちは魔女にだまされ、被害者である彼女を疑ったのだぞ?」
言いとがめられた騎士団長は、小柄なロミルダに何度も頭を下げた。その顔面に走る猫の爪痕を見ながら、ロミルダはまた姿を消したミケのことを思い出して胸が苦しくなった。まさか目の前に張本人がいるとは思わない。
「ロミルダ、父からも謝罪させてくれ」
大柄な騎士団長の陰からモンターニャ侯爵が声をかけた。
「私が再婚した女は魔女だったのだ」
「なっ……」
この告白にはロミルダもサラも言葉を失った。
「今から侯爵邸の者全員に事の真相を告げたい。夜遅いから明日にしようかとも考えたが、アルチーナとドラベッラが連行されて使用人たちも不安に思っているだろう。大広間に来てくれ」
ぞろぞろと全員で移動しようとしたとき、ミケーレ王太子が自分の護衛二人を手で払い、
「先に行け」
と小声で命じた。同時にロミルダの腕をそっと引いたので、察しの良い侍女サラは自分も先に行くことにした。振り返らず、耳だけはそばだてて。
「ロミルダ、君は心優しい女性だ。君を愛さないなどと言った余が間違っていた」
壁の燭台が照らす夜の廊下で、ミケーレは自嘲気味にささやいた。
「まあ、殿下――」
驚いたロミルダの目に映ったミケーレの表情は、今まで見たことないほど優しかった。
(こんなお顔、猫ちゃんにしかされませんでしたのに……)
不思議に思っていると、ミケーレがロミルダの手を取り、その甲に唇を近づけた。
「君がいとおしくてたまらないんだ」
彼の低い声が甘い響きを帯びる。
「これから余のことはミケと呼んでくれ」
(んんん!?)
ロミルダはぽかんとした。
「さ、行こう。皆の者を待たせてはいかんからな」
言いたいことを告げてすっきりしたのか、ミケーレは意外なほど屈託のない笑みを浮かべて、優しくロミルダの肩に手を添えた。
「あの殿下、その、どうして――」
「殿下ではない。ミケである。ミケくんでも良いぞ?」
自分で言っていて恥ずかしいのか、ミケーレはあさっての方を向いている。その整ったあごのラインを見上げながら、ロミルダは混乱していた。
(いえいえまさかね!)
「余の名はミケーレだし、ちょうどよいではないか! うむ、何もおかしいことはないぞ!」
自分を納得させるようにうなずいている。
(何がちょうどいいのかしら!?)
どこからどう訊こうか、あまりに失礼なのではないかと考えあぐねているうちに、二人は大広間に着いていた。
すでに兄オズヴァルドに彼の侍従、使用人たちなど屋敷の者が集まっている。全員を見回したモンターニャ侯爵は、騎士団長とミケーレ王太子が見守る中、事の次第を包み隠さず打ち明けた。
(お父様のこうした実直さが、きっと国王陛下にも評価されているのね!)
ロミルダは誇らしい気持ちで父を見つめていた。ポジティブが突き抜けている彼女の意識は、魔女だった義母と魔女の血を引く義妹には向かないのだ。
「この十五年間、私は何も気づかずに魔女と暮らしていた――」
モンターニャ侯爵はうなだれ、唇をかんだ。
「お父様、お顔をあげてください」
ロミルダの声はいつもと変わらずやわらかい。
「お父様は以前から領地経営に忙しく、お兄様に引き継いだあとはいつも宮廷に出仕されていました。お義母様と過ごす時間なんてほとんどなかったのですから、気付かれなかったのも無理ありませんわ」
「そうです、父上」
兄オズヴァルドが進み出た。
「ここにいる者、みな誰も気づかなかったのです!」
(使用人たちの間では噂になっていたようですけれど)
胸の内でこっそりつぶやいたサラの心の声を代弁するように、
「ふん、お前たちの目は節穴だな」
ミケーレ王太子が言い放った。
「ロミルダとドラベッラ、二人のドレスを見比べるだけであの魔女が意地悪くロミルダを虐げてきたことが分かるではないか!」
きょとんとしているモンターニャ侯爵に、ミケーレはやや苛立ちながら説明してやる。
「アルチーナは自分の娘であるドラベッラにばかり、豪華なドレスを買い与えて着飾らせていたんだ。ロミルダ嬢はここ何年も、ドレスを新調していないのでは?」
「そうだったのか、ロミルダ!?」
父に問われて、ロミルダは優しくほほ笑んだ。
「ええ。でもお父様、ご安心ください。私にはお母様が遺してくださったドレスがぴったりなのです。新しいドレスよりお母様の形見を着られるほうが私、うれしいのですよ」
「なんてことだ。全く気付かんかった……」
侯爵が片手で額を覆い、
「俺もです、父上。妹たちをちゃんと見ていなかった。一緒に暮らしていないミケーレ殿下がお気付きになっているのに恥ずかしい限りです」
「そうだぞ。反省しろ」
どこまでも居丈高なミケーレ殿下。
「余は見たのだ。ロミルダの部屋のクローゼットに並んだドレスは良いものではあるが、どれも昔のデザインばかりだったからな」
誰もが、いつ殿下がロミルダ嬢の部屋にお入りになったのか、いつの間に二人の仲はそんなに進展したのかと疑問に思っていたが、野暮なことを訊くものではないと口をつぐんでいた。
当のロミルダ本人も、まさか昨日クローゼットの中でかくれんぼしていた小さな三毛猫が、この偉そうな殿下だとは思わない。
「ロミルダ、父の選択がこの十何年間、ずっとお前を苦しめていたとは―― すまなかった。この通りだ」
首を垂れる侯爵に走り寄ったロミルダは、父を抱きしめ、その背中を優しくたたいた。
「私にはお父様もお兄様もいらっしゃいますし、侍女のサラを始め、お屋敷の方みんなが良くしてくれましたわ。苦しんでなどおりません」
「ロミルダ」
彼女の細い腕を引いたのはミケーレだった。
「余の妃になったら、そなたの父上と兄上と侍女と、この屋敷の使用人全員分を合わせてもとうてい足りないほどの愛で包んでやるからな」
背の高いミケーレの腕の中で、ロミルダは少し戸惑っていた。
(猫のディライラちゃん一筋だった殿下が、いつの間に私を愛して下さったのかしら……?)
せっかく自分を抱きしめてくれた娘を奪ったミケーレに、モンターニャ侯爵は嫉妬の炎を燃やしていた。
(若造め。娘を思う父の愛のほうが、政略結婚のお前より大きいに決まっておろうが! 王太子じゃなけりゃ一発殴って分からせてやるところだ!)
こうして占星術師が予言した、魔女による王国乗っ取り計画は未然に阻止されたかのように見えたのだが――
・~・~・~・~・~・~・
地下牢に収監された魔女と義妹のその後は・・・?
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ロミルダは、はじかれたようにベッドから立ち上がった。
「殿下、今開けますわ!」
部屋を横切る一瞬の間に、ロミルダの心にさまざまな思いがよぎった。
(殿下が私の部屋に直接いらっしゃるなんて! これまで応接間でしかお会いしたことありませんのに、どうして? そうだわ、お父様がお帰りになられたから、ご一緒にいらっしゃったのね。いいえ、そういう問題ではないの。殿下はいつも応接間で、お待ちになられていたじゃない……)
毎月の茶会はたいてい王宮で行われたが、時にはミケーレ王太子が侯爵邸を訪れることもあった。応接間の窓際に立ち庭を見下ろす彼の冷たい横顔、部屋へ入ってきたロミルダを一瞥する興味のなさそうなまなざし――それらを思い出しながらロミルダは扉を開けた。
「ロミルダ! 不安にさせてすまなかった!」
扉が開くや否やロミルダの両手をにぎった青年は、記憶の中のミケーレ殿下とは別人だった。いつもガラス玉のように冷たかった瞳には、情熱が宿っていた。
(殿下の手、あたたかい…… この方にも体温があったのね!)
サラが聞いたら「それはそうでございましょう」と突っ込みそうなことを思いながら、ロミルダはゆっくりと首を振った。
「ミケーレ様がお謝りになることではございませんわ」
「――うむ。じゃ、こいつに謝らせよう」
そう言って騎士団長を振り返るミケーレの目はいつも通り冷ややかで、ロミルダはちょっと安心した。
(熱でもあるのかと思いましたわ!)
部下二人を従えた大柄な騎士団長に、ミケーレは厳しい口調で催促する。
「さっさとロミルダ嬢に謝らぬか。そちは魔女にだまされ、被害者である彼女を疑ったのだぞ?」
言いとがめられた騎士団長は、小柄なロミルダに何度も頭を下げた。その顔面に走る猫の爪痕を見ながら、ロミルダはまた姿を消したミケのことを思い出して胸が苦しくなった。まさか目の前に張本人がいるとは思わない。
「ロミルダ、父からも謝罪させてくれ」
大柄な騎士団長の陰からモンターニャ侯爵が声をかけた。
「私が再婚した女は魔女だったのだ」
「なっ……」
この告白にはロミルダもサラも言葉を失った。
「今から侯爵邸の者全員に事の真相を告げたい。夜遅いから明日にしようかとも考えたが、アルチーナとドラベッラが連行されて使用人たちも不安に思っているだろう。大広間に来てくれ」
ぞろぞろと全員で移動しようとしたとき、ミケーレ王太子が自分の護衛二人を手で払い、
「先に行け」
と小声で命じた。同時にロミルダの腕をそっと引いたので、察しの良い侍女サラは自分も先に行くことにした。振り返らず、耳だけはそばだてて。
「ロミルダ、君は心優しい女性だ。君を愛さないなどと言った余が間違っていた」
壁の燭台が照らす夜の廊下で、ミケーレは自嘲気味にささやいた。
「まあ、殿下――」
驚いたロミルダの目に映ったミケーレの表情は、今まで見たことないほど優しかった。
(こんなお顔、猫ちゃんにしかされませんでしたのに……)
不思議に思っていると、ミケーレがロミルダの手を取り、その甲に唇を近づけた。
「君がいとおしくてたまらないんだ」
彼の低い声が甘い響きを帯びる。
「これから余のことはミケと呼んでくれ」
(んんん!?)
ロミルダはぽかんとした。
「さ、行こう。皆の者を待たせてはいかんからな」
言いたいことを告げてすっきりしたのか、ミケーレは意外なほど屈託のない笑みを浮かべて、優しくロミルダの肩に手を添えた。
「あの殿下、その、どうして――」
「殿下ではない。ミケである。ミケくんでも良いぞ?」
自分で言っていて恥ずかしいのか、ミケーレはあさっての方を向いている。その整ったあごのラインを見上げながら、ロミルダは混乱していた。
(いえいえまさかね!)
「余の名はミケーレだし、ちょうどよいではないか! うむ、何もおかしいことはないぞ!」
自分を納得させるようにうなずいている。
(何がちょうどいいのかしら!?)
どこからどう訊こうか、あまりに失礼なのではないかと考えあぐねているうちに、二人は大広間に着いていた。
すでに兄オズヴァルドに彼の侍従、使用人たちなど屋敷の者が集まっている。全員を見回したモンターニャ侯爵は、騎士団長とミケーレ王太子が見守る中、事の次第を包み隠さず打ち明けた。
(お父様のこうした実直さが、きっと国王陛下にも評価されているのね!)
ロミルダは誇らしい気持ちで父を見つめていた。ポジティブが突き抜けている彼女の意識は、魔女だった義母と魔女の血を引く義妹には向かないのだ。
「この十五年間、私は何も気づかずに魔女と暮らしていた――」
モンターニャ侯爵はうなだれ、唇をかんだ。
「お父様、お顔をあげてください」
ロミルダの声はいつもと変わらずやわらかい。
「お父様は以前から領地経営に忙しく、お兄様に引き継いだあとはいつも宮廷に出仕されていました。お義母様と過ごす時間なんてほとんどなかったのですから、気付かれなかったのも無理ありませんわ」
「そうです、父上」
兄オズヴァルドが進み出た。
「ここにいる者、みな誰も気づかなかったのです!」
(使用人たちの間では噂になっていたようですけれど)
胸の内でこっそりつぶやいたサラの心の声を代弁するように、
「ふん、お前たちの目は節穴だな」
ミケーレ王太子が言い放った。
「ロミルダとドラベッラ、二人のドレスを見比べるだけであの魔女が意地悪くロミルダを虐げてきたことが分かるではないか!」
きょとんとしているモンターニャ侯爵に、ミケーレはやや苛立ちながら説明してやる。
「アルチーナは自分の娘であるドラベッラにばかり、豪華なドレスを買い与えて着飾らせていたんだ。ロミルダ嬢はここ何年も、ドレスを新調していないのでは?」
「そうだったのか、ロミルダ!?」
父に問われて、ロミルダは優しくほほ笑んだ。
「ええ。でもお父様、ご安心ください。私にはお母様が遺してくださったドレスがぴったりなのです。新しいドレスよりお母様の形見を着られるほうが私、うれしいのですよ」
「なんてことだ。全く気付かんかった……」
侯爵が片手で額を覆い、
「俺もです、父上。妹たちをちゃんと見ていなかった。一緒に暮らしていないミケーレ殿下がお気付きになっているのに恥ずかしい限りです」
「そうだぞ。反省しろ」
どこまでも居丈高なミケーレ殿下。
「余は見たのだ。ロミルダの部屋のクローゼットに並んだドレスは良いものではあるが、どれも昔のデザインばかりだったからな」
誰もが、いつ殿下がロミルダ嬢の部屋にお入りになったのか、いつの間に二人の仲はそんなに進展したのかと疑問に思っていたが、野暮なことを訊くものではないと口をつぐんでいた。
当のロミルダ本人も、まさか昨日クローゼットの中でかくれんぼしていた小さな三毛猫が、この偉そうな殿下だとは思わない。
「ロミルダ、父の選択がこの十何年間、ずっとお前を苦しめていたとは―― すまなかった。この通りだ」
首を垂れる侯爵に走り寄ったロミルダは、父を抱きしめ、その背中を優しくたたいた。
「私にはお父様もお兄様もいらっしゃいますし、侍女のサラを始め、お屋敷の方みんなが良くしてくれましたわ。苦しんでなどおりません」
「ロミルダ」
彼女の細い腕を引いたのはミケーレだった。
「余の妃になったら、そなたの父上と兄上と侍女と、この屋敷の使用人全員分を合わせてもとうてい足りないほどの愛で包んでやるからな」
背の高いミケーレの腕の中で、ロミルダは少し戸惑っていた。
(猫のディライラちゃん一筋だった殿下が、いつの間に私を愛して下さったのかしら……?)
せっかく自分を抱きしめてくれた娘を奪ったミケーレに、モンターニャ侯爵は嫉妬の炎を燃やしていた。
(若造め。娘を思う父の愛のほうが、政略結婚のお前より大きいに決まっておろうが! 王太子じゃなけりゃ一発殴って分からせてやるところだ!)
こうして占星術師が予言した、魔女による王国乗っ取り計画は未然に阻止されたかのように見えたのだが――
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