お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第11話、アルチーナ夫人の新たなたくらみ

「簡単に処刑なんかされてたまるかい」

 鉄格子のはまった天窓から弱々しい月明かりが差し込む地下牢で、アルチーナ夫人は不敵な笑みを浮かべた。

「でもお母様、どうやってここから逃げますの?」

 モンターニャ侯爵との間に生まれた娘ドラベッラは、不安そうに母のドレスにしがみついている。

「しゃきっとおし、ドラベッラ。お前は王家の血を引く者なのよ?」

「だけどもう王家に嫁ぐことなんかできないわ!」

「そうさ。だからいっそのこと――」

 アルチーナ夫人は娘の頬を濡らす涙を指先でぬぐった。

「あんな王家はつぶしてやろうじゃないの」

 言うなり自分の大きく広がったスカートの内側に手を入れ、干し肉を取り出した。

「これでネズミでも引き寄せよう」

「嫌ですわ! 気持ち悪い!」

「黙って見ていなさい」

 放り投げた干し肉が、天窓の格子に引っかかった。



 ミケーレ王太子の居室にて、三毛猫ディライラは不機嫌になっていた。日が暮れてだいぶ経つのに、いっこうにごはんがもらえない上、いつも優しくなでてくれる飼い主も帰ってこない。

 人間の世界でどんな事件が起こったか分からないディライラは、普段彼女にお食事をお持ちする役目の侍従までもが、飼い主ミケーレに付き従ってモンターニャ侯爵邸に出かけたなど知るはずもない。

 ぴょんと飛び跳ね窓枠に乗ると、金色の取っ手にぶら下がった。彼女の体重で下がった取っ手に両手でつかまったままブンブンと身体を振ると、窓は手前に開いてしまった。賢いディライラは、人間の見ていないときだけ窓から出入りしていたのだ。

 バルコニーから階下のテラスへ、そこから屋根へひらりと飛び移り、大きな木を伝って王宮の庭園へ身軽に降りてゆく。人間の目には暗い月夜も、ディライラにとっては問題なし。庭園を横切るネズミを追って一目散に走ってゆく。

 ネズミが飛びついたのは鉄格子の上に乗った干し肉だった!

「!」

 こんなおいしそうなものにありつけるとは!

 ディライラは片手でネズミをひっぱたく。ミケーレ殿下の膝の上では優雅な彼女だが、飼い主がいないとアグレッシブだった。邪魔なネズミが茂みの中にすっ飛ぶと、干し肉にかぶりついた。

「おやおや、猫がやってきたよ」

 下から聞き慣れない人間の声がする。

「しかしあの猫、鉄格子の間を通れるのかね?」

 鉄格子の下から見上げる人間が、干し肉をぽーんと放り投げた。ディライラは格子の間から手を伸ばすが届かない。

 人間がまた肉を投げる。今度は格子の間に首を突っ込んだ。あまりにおなかがすいていて身を乗り出したディライラは、そのまま格子の間をすり抜けて落下した。

「おっと危ない」

 下にいた人間が抱きとめてくれた。

「ドラベッラ、この子に干し肉を食べさせて、おとなしくさせておいて」

 アルチーナ夫人は娘にディライラを抱かせると、大きなスカートの中にまた手を入れ、今度は小さな白い石を取り出した。

「お母様、何をされますの?」

「魔法陣を書くのよ。あなたはベッドの上にいてちょうだい」

 白い石で、地下牢の冷たい石畳に円と星と三角形が重なった複雑な図形を描いてゆく。

「完成したわ。そっちの魔法陣の真ん中に干し肉と猫を置いて」

 魔方陣は二つ描かれていた。一方の中心にディライラを座らせ、もう一方の真ん中にアルチーナ夫人が立った。

「これはお前が預かっていてちょうだい」

 アルチーナ夫人は首からロケットのついたネックレスをはずし、娘にたくした。それから小声で何やら聞き慣れない古い言葉を唱えだした。

我は汝(エーゴ・スム・トゥ)汝は我(トゥ・ミヒ・エス)

「きゃっ!」

 ドラベッラが小さく悲鳴をあげた。二つの魔法陣から光の柱が立ち上がったからだ。

「お母様?」

 光が収まった地下牢で、ドラベッラは不安げにアルチーナ夫人を見つめる。しかし彼女は魔法陣の上に座り込むと、ぺろぺろと自分の手をなめ始めた。

「どうされたの!?」

 眉根を寄せて様子をうかがうドラベッラのスカートを引っ張ったのは足元の猫。きょとんと見下ろすドラベッラの足を、安心させるようにぽんぽんとたたいた。

「まさか、入れ替わりの魔法!?」

 ゆっくりうなずくと三毛猫は牢屋の格子戸をするりと抜けて、地下牢の暗い廊下に消えて行った。



・~・~・~・~・~・~・



次話はロミルダとミケーレ殿下の様子に戻ります。

ミケーレの求愛行動(?)を華麗にスルーするロミルダだが――?
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