お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第12話、「余はロミルダのそばにいたいのだ!」

 モンターニャ侯爵邸の図書室――

 ロミルダは王妃教育の一環として、モンターニャ侯爵の前に宰相を務めていたブラーニ老侯爵から政治の講義を受けていた。足が悪い老侯爵は杖をつきながら、図書室内を歩き回って授業する。彼の目を盗んでロミルダがあくびをかみ殺していると、木彫りの扉がノックされた。

「どなたですかな? ただ今ロミルダ嬢が勉強中でございますぞ」

 老侯爵が片眼鏡の位置を直しながら扉の方へ声をかけると、

「余だ」

 ミケーレ王太子が姿を現した。

 昨夜はずいぶん遅くなったので、王太子と護衛の衛兵たち、それから騎士団長と部下の騎士たちはモンターニャ侯爵邸に泊まったのだ。おっとりとしているロミルダは何も気にしていなかったが、ミケーレは婚約者と一夜を過ごせるのではないかと胸を躍らせていた。

 しかしモンターニャ侯爵とオズヴァルド令息が満面の笑みを浮かべてミケーレを案内したのは、ロミルダの寝室から遠く離れた棟。賓客用に豪華にしつらえられた天蓋付きベッドの上で、ミケーレは涙を()んだのだった。

「ミケーレ殿下、何用(なによう)でございますかな?」

 ブラーニ老侯爵は先王を支えた有力貴族だけあって、若い王子に臆することはない。

「我々の会議は終わったのだが、ロミルダ嬢の勉強はまだ終わらぬのか?」

 ミケーレのうしろには、モンターニャ侯爵と騎士団長の姿も見える。

「あと四半刻ほどですが、なぜです?」

 老侯爵が扉の方へ向かったので、ロミルダはまぶたを閉じてこっそり仮眠を取る。未来の王妃たる者、机に突っ伏したりはしないのだ。姿勢をしゃんと伸ばしたまま眠るすべを心得ている。

「これから余は騎士団長と共に王都へ戻る。モンターニャ侯爵も宰相の仕事で王宮に出仕するそうだ。そこでだな! ロミルダも一緒に来てはどうだろう!?」

 急に声が大きくなるミケーレ。ロミルダは微動だにせず仮眠中。

「殿下、何を張り切っていらっしゃるのか存じ上げませぬが――」

「余はロミルダのそばにいたいのだ!」

 素直な言葉に老侯爵は口を閉ざした。しかし肝心なロミルダ嬢、聞いていない。

「宮殿にそなたのための寝室を用意しよう」

「いいえ殿下」

 口をはさんだのはモンターニャ侯爵。

「そこまでしていただくわけには参りません」

「モンターニャ侯爵、王宮にはそちの仮眠室があるというのに、娘には与えぬと申すか」

 侯爵は苦虫を噛み潰したような顔になって黙った。つい先日まで、ミケーレ王太子の冷たい人柄を嘆き、こんな男に嫁ぐ娘を憐れんでいた。だが、いざ娘が溺愛されると面白くない。

「ロミルダ、余と共に来てくれるか?」

「はいっ」

 呼びかけられたロミルダは覚醒した。

「喜んでお供させていただきますわ!」

 答えてから考えあぐねる。

(どこにお供するのかしら!? 寝てたから何も聞いてなかったわ!)

 今さら訊けないので、おとなしく王家紋章付きの金色に輝く馬車に乗り込んだ。

 となりに座ったミケーレ王太子は、ロミルダのほっそりとした腕にちらりと目をやって、彼女の手をにぎろうかにぎるまいか逡巡(しゅんじゅん)中。五分袖のレースから出た白い手は、か弱くも愛らしくて、自分の両手で包んでやりたい衝動にかられる。

 しかし今までずっと冷たく接してきたミケーレには、行動に移す勇気がなかった。代わりに窓の外を眺めながら、

「もうすぐ夏だな」

 どうでもいいことを話しかける。

「そうですわね」

 ロミルダもつられて窓の外に目を向けた。陽射しは強く、瞳に刺さるようだ。目を細めながら、

「王家の方々は夏の間、湖のほとりに建つ離宮へ行かれるのでしたっけ」

「毎年、避暑のためにな」

「では私たちのお茶会も、しばらくお休みですわね」

 臀部に馬車の振動を感じながら、ロミルダは何気なく発言したのだが、

「なっ」

 ミケーレは言葉を失った。

 昨日から挙動不審なミケーレを、きょとんと見つめていると、

「そなたも離宮へ来てはどうだろう? 婚姻の儀は秋だが、そなたはもう(きさき)も同然だろう」

「お父様とお兄様がお許しになるかしら」

 昨晩の二人の様子を思い出す。家族の様子をしっかり見ていなかったと責任を感じたモンターニャ侯爵は、寝室に引っ込むロミルダにもう一度、謝罪したのだ。

(それにドラベッラが罪人として連れて行かれて、憔悴しているようでしたわ……)

「反対するなら、あの二人も招待しよう。離宮は広い。来客用寝室もたくさんあるのだ。魔女騒ぎの骨休めにちょうどよかろう」

「ええ、それでしたら」

「うむ。帰城したら父上に提案しよう」

 ミケーレは一人で乗り気だった。 



「帰ったぞ、ディライラ」

 自室に帰るなり愛猫の名を呼ぶミケーレを見て、ロミルダは顔をほころばせた。しかし、

「おかしい。ディライラの姿がない。そなたのことを報告しようと思ったのに」

(私の何を報告するのかしら?)

 ちょっと疑問に思いつつ、ロミルダは広すぎる寝室を見回した。

「ベッドの下やソファのうしろに隠れているのでしょうか」

「いや、いつも余が帰ってくると飛んでくるんだ。昼寝していても起きて走ってきて、足元にスリスリして『ニャッ』と言うのだぞ。それからヘソ天してゴロゴロのどを鳴らして、なでなでを要求するのだが――」

 ミケーレが無駄に詳細な解説をすると、

「きゃーっ、かわいい!」

 ロミルダ大喜び。ふたりのうしろに付き従う侍女のサラは、

(この二人お似合いだわ……)

 胸の中でため息をついた。

「あっ、窓が開いておりますわ!」

 ロミルダが部屋の端で半開きになっている窓を指さした。

「まさかここから!?」

 ミケーレは走り寄って、バルコニーから外を見下ろす。

「うむ。これは中庭に降りられるな」

「えぇ? かなり高さがありますが――」

「ここからそこのテラスに下りるだろ、それからあっちの屋根に飛び移って、あそこに見える木の枝からするするっと行けば簡単だ」

 あっちこっち指さして説明するミケーレ。

「まあ!」

 ロミルダは深い海色の瞳を大きく見開き、尊敬のまなざしでミケーレをみつめた。

「猫ちゃんの気持ちがよく分かるのですわね!」

 猫の暮らしを体験済みのミケーレは目をそらす。

「まあな」

「みなさんにお願いして、手分けして探しましょう!」



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三毛猫ディライラちゃんの運命やいかに!?

人間が行方不明でも気にならないけど、猫ちゃんの身に危険が及ぶのは心配で夜しか眠れないというそこのあなた、まだレビューしていなかったらしていってくださいね☆
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