お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第13話、ロミルダ嬢がいつも前向きな理由

 ロミルダはミケーレ王太子と彼の侍従たちと共に、彫像が立ち並ぶ優雅な池と、階段状の滝が配置された王宮庭園に降りて来た。

「ディライラちゃーん!」

「ディライラ様ーっ」

「余が参ったぞ、ディライラ!」

 水しぶきに目を細めながら噴水の裏手に回ったとき、ロミルダは騎士団が集まって何やら騒いでいるのに気が付いた。

「何か揉め事かしら」

 草の匂いの中、眉をひそめるロミルダのところへミケーレが近付いてきて、

「尋問しているようだな」

 ――確かに。背の高い騎士たちに囲まれて見えないが、中央に誰かいるようだ。 

「何事だ?」

 ミケーレが大股で歩いて行き声をかけた。

「あ、ミケーレ殿下!」

 騎士たちが敬礼する。

「実は魔女母娘(おやこ)を監禁した地下牢から娘のドラベッラが消えていまして、牢番を問いただしていたところです」

「魔女アルチーナは残っているのか」

「ええ。娘だけ逃がしたようですが――」

 口ごもる騎士。何か不可解な点があるようだ。

「こいつ居眠りしていたって白状したんですよ、殿下」

 別の騎士が牢番を小突(こづ)く。

「では牢番さんは、お義母(かあ)さまとグルではないってことね!」

 背の高い騎士たちのうしろから、ロミルダが明るい声で言った。

「ん? そうなるか?」

「ほら、グルだったなら鍵をこっそり手渡しているはずだってことじゃないか?」

「いや、居眠りしていたってのが嘘だった可能性も……」

 妙な着眼点を披露するロミルダに、騎士たちは互いに補足し合う。

「牢番さんが管理していた鍵は、今どこにあるのですか?」

 ロミルダの質問に、一人の騎士が手のひらを開いて見せた。

「こちらに。今朝、見回りの騎士が庭園に落ちているのを拾って、騎士団詰め所に届けまして。地下牢の鍵だと気付いて見に来たら、夜勤の牢番が熟睡していたのです」

「ちょっと待て」

 さえぎったのはミケーレ王太子。

「二つ訊きたいことがある。朝、牢番小屋の鍵は開いていたのか?」

「開いていました。窓も扉も」

「おかしいんだ!」

 声を上げたのは牢番。

「俺はいつも扉は閉めている。窓は暑いから細く開けていたが……」

 ミケーレは無視して騎士に問いかける。

「地下牢も開いていたのだな?」

「閉めてあったんです。それで中に魔女アルチーナだけ残っておりました」

「奇妙だな。わざわざ娘が鍵を閉め直して出て行くのか」

 腕組みして首をかしげていると、

「ドラベッラだけ逃がすなんて、お義母(かあ)様は娘思いなのですわ!」

 ロミルダが目を潤ませている。

「いや、ドラベッラが牢の鍵を閉める理由にならんだろ」

 とミケーレ。

「しかもロミルダ嬢、アルチーナ夫人の様子がおかしいのです」

「朝から何を聞いてもニャーニャー言って、まるで言葉が通じないのですよ」

 騎士たちが口々に訴える。

「おかわいそうに…… きっと心労で言葉を失ってしまったのね」

 ロミルダは息が詰まって、胸に両手を当てた。

「これから見舞いに行って差し上げましょう!」

 ロミルダの提案に、ミケーレは唇の端を歪めて、

「ふむ。指さして笑ってやるのも悪くないな」

 新しい悪戯(いたずら)を思いついた子供のように目を輝かせた。

「まあ殿下ったら」

 ロミルダは悪ガキざかりの息子を見守るように、優しいまなざしを向けた。

 陽射しの強い屋外から建物の中に入ると、スッと涼しくなってほっとする。騎士団に前とうしろを挟まれて地下牢へ続くレンガの階段を下りていると、うしろからミケーレ殿下の不機嫌な声が降ってきた。

「ロミルダ、そなたは優しすぎる! (まま)母アルチーナと義妹ドラベッラに長い間いじめられてきたのだろう?」

 ミケーレ殿下の言う通り、幼いころに父が再婚したので物心ついてからずっと使用人のような扱いを受けてきた。

「でも、お父様やお兄様のいらっしゃるところでは何もされませんでしたわ」

「ずる賢い奴らめ!」

 ミケーレは憤慨した。

「それなのになぜ、そなたは奴らに優しくするのだ? まったく()せん!」

「そうですわね……」

 改めて問われると、すぐには答えられなかった。幼いころの記憶をたぐり寄せながら、ロミルダはゆっくりと話した。

「私は実の母を覚えておりません。ですから父と兄に、お母様がどんな方だったか教えてほしいと、よくせがんでいました。すると二人はいつも『優しくて明るくて前向きな人だった』と話してくれたんです」

 前を行く騎士が手燭の灯りで足元を照らしてくれるのを頼りに、段鼻の崩れかけた階段を注意深く下りながら、ロミルダは話を続けた。

「だから私もそうなろうと思って、いつも空想の中の母ならどう考えるか、どう振る舞うか、その行動をなぞるようになったんです。いつのまにか、それが習慣化して私の性格になったのですわ!」

「そなたは――」

 三、四段下りてから、ミケーレはようやく言葉を継いだ。

「――なんと強いのだろう」

 下りるにつれて空気は冷たく、ひんやりと首元にまとわりついてくる。ミケーレは口の中で、低くつぶやいた。

「余は両親が健在なだけでも恵まれているのに、自分は愛されていないなどと思っていた――」

 ミケーレ殿下のその言葉は、前を歩く自分だけに聞こえているのだろう。ロミルダがそう気付きながら返す言葉に戸惑っていると、突然うしろから抱きしめられた。

「わわっ」

 慌てて立ち止まるロミルダ。だが、どうされましたか、などとは訊かない。理由は分からないが、冷淡だった彼が少しずつ心を開いてくれているのだ。勇気づけるように優しく、首元を抱きしめる彼の腕をたたいた。

「殿下ーっ、うしろが詰まってるんでさっさとお進みください」

 無粋な騎士の声で、ミケーレは仕方なくロミルダを解放した。

 かび臭い地下牢の奥に、アルチーナ夫人は囚われていた。ベッドの上にうずくまった夫人は近付いてくる話し声に、ぴくっと身体を震わせ顔を上げた。

「ロミルダをいじめ抜いたアルチーナよ、このような暗くてせまい場所に閉じ込められて、どんな気分だい?」

 さっそく嘲笑するミケーレ。だがアルチーナ夫人は彼の声を聞いた途端、地面を這って柵に走り寄った。

「四つん這いになっているのは拷問のせいか?」

「いいえ、拷問などしておりません!」

 牢獄に入れられたアルチーナ夫人は柵に額を押し付け、ミケーレのほうに手を伸ばす。

「ニャーン、ニャーン!」

 その声にミケーレは息をのんだ。

「魔術師を呼べ!」



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「ロミルダが前向きなのは、ただのポジティブバカだからじゃなかったんだ!」

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