お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】
第2話、ロミルダ嬢、身に覚えのない嫌疑をかけられる
その日の夕方、突如モンターニャ侯爵邸が騒がしくなった。
「ロミルダ嬢は御在宅か!?」
正門の前で、侯爵邸の門番が耳をふさぎたくなるような大声を出したのは騎士団長。
「い、いらっしゃいます。ただ今、奥方様の許可をいただきますので――」
奥方様とは屋敷内を切り盛りしているアルチーナ夫人のこと。彼女はロミルダの実母ではない。実の母親はロミルダを産んだあとすぐに、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。後妻として侯爵に嫁いで来たのは、異国の王族だというアルチーナ王女。彼女とモンターニャ侯爵の間に生れたのが、腹違いの妹ドラベッラだった。
「騎士団がロミルダを訪ねて来たって? 思ったより早いじゃないの」
「計画通りね、お母様」
アルチーナ夫人とその娘ドラベッラは使用人の報告を聞くと、なぜかほくそ笑んだ。
「二階正面の大回廊に騎士団の連中をお通し。ロミルダを引っ張ってくるのも忘れないようにね」
アルチーナ夫人は王家出身とは思えないような、ぞんざいな口調で使用人に命じた。
ロミルダの部屋には騎士団がやって来て、わけが分からないまま大回廊へ引き立てられた。
「ミケーレ殿下をどこへ隠した!?」
継母と腹違いの妹、そして使用人たちが見守る中、騎士団長の詰問が始まった。
「どこへ隠したとは――?」
ロミルダは怪訝な様子で尋ねた。
「しらを切るな!」
騎士団長の怒声に満足そうな笑みを浮かべたアルチーナ夫人が口をはさむ。
「ロミルダ、白状するなら早いに越したことはないよ。嘘をつけばつくほど罪は重くなるからね」
「嘘ですって!?」
ロミルダは驚きのあまり、晴れた日の海のように澄んだ目を大きく見開いた。
「おお、嫌だねぇ。しらじらしい」
アルチーナ夫人は大げさに首を振って見せた。
ロミルダの父モンターニャ侯爵は宮中に出仕中。侯爵家の財政を立て直した手腕を見込まれて宰相に任命されたのだ。領地経営はもっぱら長男オズヴァルドが務め、今日も領内の視察に出かけていたから、表立ってロミルダを擁護できる者はいなかった。
(ロミルダ様をお助けしたいけれど――)
心配そうに見守る侍女や使用人たちは、やきもきしながらモンターニャ侯爵様かオズヴァルド様が早くご帰宅されるようにと祈るばかり。このままではアルチーナ夫人の手によって、ロミルダ嬢が魔女に仕立て上げられてしまう。屋敷の者みんなに気を配り、優しく声をかけくださるロミルダ嬢は、使用人たちからも好かれていたのだ。
(屋敷の中で魔女だって噂があるのはアルチーナ夫人のほうなのに)
ロミルダの侍女サラは唇をかんでうつむいた。奥方様に逆らうと恐ろしい魔法薬で獣の姿に変えられてしまう、なんていう口さがない陰口を聞いたことがある。夫人の部屋に掃除に入ると、棚に怪しい瓶が並んでいるそうだ。
(アルチーナ夫人は実の娘ではないロミルダ様を冤罪に陥れて、自分の娘であるドラベッラ様をミケーレ殿下の婚約者にしたいのかしら?)
サラは大理石の床をにらんだまま、あれこれと考えを巡らせた。心優しいロミルダは、仕事で忙しい父や兄に訴えようとしないが、アルチーナ夫人のロミルダへの振る舞いは継子いじめに近いものがあった。自分の娘ドラベッラにばかりぞろぞろと侍女をはべらせ、ロミルダの侍女は、幼いころから姉妹のように育ってきたサラだけ。
(宝石もドレスも自分の娘にばかり贅沢なものを買い与えて――)
サラの物思いはドラベッラの声で破られた。
「ねえ騎士団長さん」
ドラベッラが首をかしげると、二つ結びにした藤色の髪が揺れた。
「一体お姉様はどんな罪を犯してしまったのかしら?」
すでに義姉ロミルダを罪人と決めつけている様子。
「ドラベッラ様、ミケーレ殿下が姿を消した部屋には、ロミルダ嬢の渡したクッキーが食べかけのまま残されていたのです」
「殿下ったら召し上がってくださったのですね!」
素直なロミルダは、うっかり喜びに顔を輝かせた。それを見た騎士団長は、ますます眉をつり上げる。
「あのクッキーを宮廷魔術師に見せたところ、何か魔力を感じるとのことだったぞ。一体どんな細工をしたのだ!?」
愛情を――と言いかけて、ロミルダは口をつぐんだ。
(言ってはいけないんでしたっけ)
「口を閉ざしおって! お前が魔女だな!?」
「そうですわ! お姉様は魔女に違いありませんわ」
二度三度とうなずくドラベッラ。
「わたくし見ていましたもの! お姉様が大きな石窯の前で、クッキーが焼けるまでずっと呪文を唱えていたのを」
「まあ怖い! クッキーに恐ろしい魔法をかけていたのですわ」
アルチーナ夫人も口をそろえる。
(愛情愛情って繰り返していただけですのに――)
しゅんとしてうつむいたロミルダに、騎士団長はサーベルの切っ先を突き付けた。
「魔女め、ミケーレ王太子殿下を消してこの国を乗っ取る魂胆だな。お前を王宮へ連行する!」
「待たれよ、騎士団長!」
若い男の声がして、皆一斉に大階段を見下ろした。
「オズヴァルド殿――」
騎士団長がその名を呼んだ。大階段を駆け上ってきたのは、たった今帰城したロミルダの兄だった。
アルチーナ夫人が小さく舌打ちしたのには誰も気づかなかった。
・~・~・~・~・~・~・
ロミルダ兄のはたらきや如何に!?
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「ロミルダ嬢は御在宅か!?」
正門の前で、侯爵邸の門番が耳をふさぎたくなるような大声を出したのは騎士団長。
「い、いらっしゃいます。ただ今、奥方様の許可をいただきますので――」
奥方様とは屋敷内を切り盛りしているアルチーナ夫人のこと。彼女はロミルダの実母ではない。実の母親はロミルダを産んだあとすぐに、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。後妻として侯爵に嫁いで来たのは、異国の王族だというアルチーナ王女。彼女とモンターニャ侯爵の間に生れたのが、腹違いの妹ドラベッラだった。
「騎士団がロミルダを訪ねて来たって? 思ったより早いじゃないの」
「計画通りね、お母様」
アルチーナ夫人とその娘ドラベッラは使用人の報告を聞くと、なぜかほくそ笑んだ。
「二階正面の大回廊に騎士団の連中をお通し。ロミルダを引っ張ってくるのも忘れないようにね」
アルチーナ夫人は王家出身とは思えないような、ぞんざいな口調で使用人に命じた。
ロミルダの部屋には騎士団がやって来て、わけが分からないまま大回廊へ引き立てられた。
「ミケーレ殿下をどこへ隠した!?」
継母と腹違いの妹、そして使用人たちが見守る中、騎士団長の詰問が始まった。
「どこへ隠したとは――?」
ロミルダは怪訝な様子で尋ねた。
「しらを切るな!」
騎士団長の怒声に満足そうな笑みを浮かべたアルチーナ夫人が口をはさむ。
「ロミルダ、白状するなら早いに越したことはないよ。嘘をつけばつくほど罪は重くなるからね」
「嘘ですって!?」
ロミルダは驚きのあまり、晴れた日の海のように澄んだ目を大きく見開いた。
「おお、嫌だねぇ。しらじらしい」
アルチーナ夫人は大げさに首を振って見せた。
ロミルダの父モンターニャ侯爵は宮中に出仕中。侯爵家の財政を立て直した手腕を見込まれて宰相に任命されたのだ。領地経営はもっぱら長男オズヴァルドが務め、今日も領内の視察に出かけていたから、表立ってロミルダを擁護できる者はいなかった。
(ロミルダ様をお助けしたいけれど――)
心配そうに見守る侍女や使用人たちは、やきもきしながらモンターニャ侯爵様かオズヴァルド様が早くご帰宅されるようにと祈るばかり。このままではアルチーナ夫人の手によって、ロミルダ嬢が魔女に仕立て上げられてしまう。屋敷の者みんなに気を配り、優しく声をかけくださるロミルダ嬢は、使用人たちからも好かれていたのだ。
(屋敷の中で魔女だって噂があるのはアルチーナ夫人のほうなのに)
ロミルダの侍女サラは唇をかんでうつむいた。奥方様に逆らうと恐ろしい魔法薬で獣の姿に変えられてしまう、なんていう口さがない陰口を聞いたことがある。夫人の部屋に掃除に入ると、棚に怪しい瓶が並んでいるそうだ。
(アルチーナ夫人は実の娘ではないロミルダ様を冤罪に陥れて、自分の娘であるドラベッラ様をミケーレ殿下の婚約者にしたいのかしら?)
サラは大理石の床をにらんだまま、あれこれと考えを巡らせた。心優しいロミルダは、仕事で忙しい父や兄に訴えようとしないが、アルチーナ夫人のロミルダへの振る舞いは継子いじめに近いものがあった。自分の娘ドラベッラにばかりぞろぞろと侍女をはべらせ、ロミルダの侍女は、幼いころから姉妹のように育ってきたサラだけ。
(宝石もドレスも自分の娘にばかり贅沢なものを買い与えて――)
サラの物思いはドラベッラの声で破られた。
「ねえ騎士団長さん」
ドラベッラが首をかしげると、二つ結びにした藤色の髪が揺れた。
「一体お姉様はどんな罪を犯してしまったのかしら?」
すでに義姉ロミルダを罪人と決めつけている様子。
「ドラベッラ様、ミケーレ殿下が姿を消した部屋には、ロミルダ嬢の渡したクッキーが食べかけのまま残されていたのです」
「殿下ったら召し上がってくださったのですね!」
素直なロミルダは、うっかり喜びに顔を輝かせた。それを見た騎士団長は、ますます眉をつり上げる。
「あのクッキーを宮廷魔術師に見せたところ、何か魔力を感じるとのことだったぞ。一体どんな細工をしたのだ!?」
愛情を――と言いかけて、ロミルダは口をつぐんだ。
(言ってはいけないんでしたっけ)
「口を閉ざしおって! お前が魔女だな!?」
「そうですわ! お姉様は魔女に違いありませんわ」
二度三度とうなずくドラベッラ。
「わたくし見ていましたもの! お姉様が大きな石窯の前で、クッキーが焼けるまでずっと呪文を唱えていたのを」
「まあ怖い! クッキーに恐ろしい魔法をかけていたのですわ」
アルチーナ夫人も口をそろえる。
(愛情愛情って繰り返していただけですのに――)
しゅんとしてうつむいたロミルダに、騎士団長はサーベルの切っ先を突き付けた。
「魔女め、ミケーレ王太子殿下を消してこの国を乗っ取る魂胆だな。お前を王宮へ連行する!」
「待たれよ、騎士団長!」
若い男の声がして、皆一斉に大階段を見下ろした。
「オズヴァルド殿――」
騎士団長がその名を呼んだ。大階段を駆け上ってきたのは、たった今帰城したロミルダの兄だった。
アルチーナ夫人が小さく舌打ちしたのには誰も気づかなかった。
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ロミルダ兄のはたらきや如何に!?
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