お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】
第20話★ミケーレ王太子、再び猫となる
(王太子ミケーレ視点)
うるさい犬どもから解放されて、鏡のように青空を映す湖を眺めながら馬を進めていると、片腕にかごを提げた老婆が近付いてきた。
「お若い騎士様がた――」
敷地内の散歩だから大層な服は着ていない。その上、従者も連れず馬に乗っていたら、ただの騎士と思われるのも無理はない。余は老婆を見下ろして馬を止めた。
うしろから弟カルロが、
「おばあちゃん、僕たちは――」
身分を明かそうとしたので、
「黙っておれ」
片手を上げて制した。王家の私有地に怪しい者が紛れ込んでいるとは思わないが、わざわざ自己紹介する必要はない。
「騎士様がた、私は去年の秋から王家の離宮で掃除婦を務めている者でございます」
「ああ、僕たちがいないときに、お屋敷を管理してくれている人だね」
カルロが気安く応じる。
「はい、左様でございます。昨日、王家の方々がご到着されたとうかがったので、歓迎のしるしにパンケーキを作って参ったのですが――」
老婆が手にしたかごをうやうやしく余のほうへ持ち上げて見せた。
警戒心のないカルロがひらりと馬から飛び降りて、
「へぇ、いいね!」
と楽しそうな声を出す。
「ですが、高貴な方々のお口に合うか不安なのです。騎士様がた、お味見して下さいませんか?」
「ハハハ、喜んで! 僕たちが気に入れば必ず王家の方々も気に入るでしょう!」
そりゃ本人だからな。
「では、お一つどうぞ」
「おい、得体の知れない物を口に入れるな」
余の制止も聞かず、老婆がちぎって渡したパンケーキをひとかけら、カルロは口に放り込んだ。
「むしゃむしゃ。うん、卵の香りがふわっと香っておいしいですよ。兄上、屋敷で働いている使用人が作ったなら、得体の知れないものではありません」
「いかがですかい?」
老婆が曲がった腰を一生懸命伸ばして、馬上の余にもパンケーキを手渡そうとした。仕方なく受け取ると、
「兄上も召し上がったらよいではありませんか」
カルロの様子を見る限り、妙な魔法がかけられている心配はなさそうだ。恐る恐る口にすると、甘みの足りないパンケーキだった。
「香草を入れた別の味もあるんです。どうぞ」
なぜか余が食べたのを確認してから、老婆が少し色の違うかけらをカルロに渡した。
「この香りはフェンネルかな?」
カルロが大口を開けて一度に放り込んだとき、最後の一口を飲み込んだ余の視界がぐらりと揺れた。この感じ、以前にも味わったことがある――!
馬にまたがっていたはずの余の両足がみるみるうちに縮んでいき、全身が自らの服の中に埋もれる。
――ああ、やっぱり。
肉球になった手のひらを見下ろして、余はため息をついた。 愚かにも、また魔女の術中に嵌まってしまったのだ!
パンケーキに入っていた魔法薬は、明らかに前回と同じものだろう。魔女に仲間がいたのか?
背中に猫が乗っていることに気が付いた馬が、驚いて耳をピンと立て、尻尾で余を払おうとする。振り落とされる前に、余はやわらかい草の上に飛び降りた。
「待ちなさい!」
木陰から藤色の髪の中年女が、網を手に飛び出してくる。ばさっと余の頭にかけると、余に覆いかぶさるようにして網を持ち上げ出口を縛った。
「にゃーん! シャーッ!」
(貴様! ここから出せ!)
「ふん、逃がさないわよ」
声と髪の色は魔女の娘ドラベッラに似ているが、年齢は魔女アルチーナと同じくらい。魔女の姉か何かだろうか?
「捕まえたわよ、お母様。帰りましょう」
「よくやったね。こっちも首尾は上々よ」
老婆が拾い上げたのは黄金の懐中時計。周囲にダイヤが嵌まっている。見回すと弟カルロの姿はなく、彼の着ていた服だけが草の上に落ちている。
――懐中時計だと?
余は眉をひそめた。猫にも眉毛的なものは生えているんだぞ!? まあそれは良い。余がディライラに姿を変えるなら、カルロは大好きな母上になっていなければおかしいではないか。
まさか宝物って人間は含まないのか? 「物」だからか……それならディライラは含まれんだろう!?
「シャァァァッ!!」
(猫に失礼だっ!!)
「お母様、馬はどうするの?」
網の中で怒る余には見向きもせず、ドラベッラは面倒くさそうに馬の手綱を引いた。
「木につないでおきましょう。服と靴を湖の近くに置けば、二人が水浴びしたように見えるわ」
こんな涼しいのに、そんな阿呆なことをするわけなかろう。
老婆と中年女が偽装工作をしている間、余は網の中で揺さぶられながら爪を立ててみた。
なんの網か知らないが、これ、余の鋭い爪で裂けるぞ? 逃げるか。いやしかし――
余は老婆の持つバスケットに目をやった。カルロだった懐中時計は、あの中に放り込まれている。
余が屋敷へ逃げ帰ることは簡単だが、カルロがどこへ連れ去られるか見極めねばならない。見たところこの女たちは徒歩で移動するようだから、逃げるのは行き先を知ってからでも遅くないだろう。
なぜなら、この女どもは明らかに猫を舐めてかかっているからだ。余だったら、こんな弱い素材で作られた網の中に猫を閉じ込めて、捕らえた気になったりはしない。金細工とは言わないが、せめて木製のかごを用意すべきだ。猫の能力を分かっていない愚か者どものアジトからは、いつでも逃げられるだろう。
・~・~・~・~・~・
(ん? 自分大事の毒見役は? と気付いた鋭い方、もう少しあとに説明がありますのでお待ちを・・・)
うるさい犬どもから解放されて、鏡のように青空を映す湖を眺めながら馬を進めていると、片腕にかごを提げた老婆が近付いてきた。
「お若い騎士様がた――」
敷地内の散歩だから大層な服は着ていない。その上、従者も連れず馬に乗っていたら、ただの騎士と思われるのも無理はない。余は老婆を見下ろして馬を止めた。
うしろから弟カルロが、
「おばあちゃん、僕たちは――」
身分を明かそうとしたので、
「黙っておれ」
片手を上げて制した。王家の私有地に怪しい者が紛れ込んでいるとは思わないが、わざわざ自己紹介する必要はない。
「騎士様がた、私は去年の秋から王家の離宮で掃除婦を務めている者でございます」
「ああ、僕たちがいないときに、お屋敷を管理してくれている人だね」
カルロが気安く応じる。
「はい、左様でございます。昨日、王家の方々がご到着されたとうかがったので、歓迎のしるしにパンケーキを作って参ったのですが――」
老婆が手にしたかごをうやうやしく余のほうへ持ち上げて見せた。
警戒心のないカルロがひらりと馬から飛び降りて、
「へぇ、いいね!」
と楽しそうな声を出す。
「ですが、高貴な方々のお口に合うか不安なのです。騎士様がた、お味見して下さいませんか?」
「ハハハ、喜んで! 僕たちが気に入れば必ず王家の方々も気に入るでしょう!」
そりゃ本人だからな。
「では、お一つどうぞ」
「おい、得体の知れない物を口に入れるな」
余の制止も聞かず、老婆がちぎって渡したパンケーキをひとかけら、カルロは口に放り込んだ。
「むしゃむしゃ。うん、卵の香りがふわっと香っておいしいですよ。兄上、屋敷で働いている使用人が作ったなら、得体の知れないものではありません」
「いかがですかい?」
老婆が曲がった腰を一生懸命伸ばして、馬上の余にもパンケーキを手渡そうとした。仕方なく受け取ると、
「兄上も召し上がったらよいではありませんか」
カルロの様子を見る限り、妙な魔法がかけられている心配はなさそうだ。恐る恐る口にすると、甘みの足りないパンケーキだった。
「香草を入れた別の味もあるんです。どうぞ」
なぜか余が食べたのを確認してから、老婆が少し色の違うかけらをカルロに渡した。
「この香りはフェンネルかな?」
カルロが大口を開けて一度に放り込んだとき、最後の一口を飲み込んだ余の視界がぐらりと揺れた。この感じ、以前にも味わったことがある――!
馬にまたがっていたはずの余の両足がみるみるうちに縮んでいき、全身が自らの服の中に埋もれる。
――ああ、やっぱり。
肉球になった手のひらを見下ろして、余はため息をついた。 愚かにも、また魔女の術中に嵌まってしまったのだ!
パンケーキに入っていた魔法薬は、明らかに前回と同じものだろう。魔女に仲間がいたのか?
背中に猫が乗っていることに気が付いた馬が、驚いて耳をピンと立て、尻尾で余を払おうとする。振り落とされる前に、余はやわらかい草の上に飛び降りた。
「待ちなさい!」
木陰から藤色の髪の中年女が、網を手に飛び出してくる。ばさっと余の頭にかけると、余に覆いかぶさるようにして網を持ち上げ出口を縛った。
「にゃーん! シャーッ!」
(貴様! ここから出せ!)
「ふん、逃がさないわよ」
声と髪の色は魔女の娘ドラベッラに似ているが、年齢は魔女アルチーナと同じくらい。魔女の姉か何かだろうか?
「捕まえたわよ、お母様。帰りましょう」
「よくやったね。こっちも首尾は上々よ」
老婆が拾い上げたのは黄金の懐中時計。周囲にダイヤが嵌まっている。見回すと弟カルロの姿はなく、彼の着ていた服だけが草の上に落ちている。
――懐中時計だと?
余は眉をひそめた。猫にも眉毛的なものは生えているんだぞ!? まあそれは良い。余がディライラに姿を変えるなら、カルロは大好きな母上になっていなければおかしいではないか。
まさか宝物って人間は含まないのか? 「物」だからか……それならディライラは含まれんだろう!?
「シャァァァッ!!」
(猫に失礼だっ!!)
「お母様、馬はどうするの?」
網の中で怒る余には見向きもせず、ドラベッラは面倒くさそうに馬の手綱を引いた。
「木につないでおきましょう。服と靴を湖の近くに置けば、二人が水浴びしたように見えるわ」
こんな涼しいのに、そんな阿呆なことをするわけなかろう。
老婆と中年女が偽装工作をしている間、余は網の中で揺さぶられながら爪を立ててみた。
なんの網か知らないが、これ、余の鋭い爪で裂けるぞ? 逃げるか。いやしかし――
余は老婆の持つバスケットに目をやった。カルロだった懐中時計は、あの中に放り込まれている。
余が屋敷へ逃げ帰ることは簡単だが、カルロがどこへ連れ去られるか見極めねばならない。見たところこの女たちは徒歩で移動するようだから、逃げるのは行き先を知ってからでも遅くないだろう。
なぜなら、この女どもは明らかに猫を舐めてかかっているからだ。余だったら、こんな弱い素材で作られた網の中に猫を閉じ込めて、捕らえた気になったりはしない。金細工とは言わないが、せめて木製のかごを用意すべきだ。猫の能力を分かっていない愚か者どものアジトからは、いつでも逃げられるだろう。
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(ん? 自分大事の毒見役は? と気付いた鋭い方、もう少しあとに説明がありますのでお待ちを・・・)