お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】
第23話★猫殿下の活躍3、ロミルダ嬢の心の支えとなる
駆け寄ってきたロミルダの胸に向かって、余はジャンプする。
「ああ、やっぱりミケちゃんね。きみはいつも、私たちが困っているときに現れるんだから!」
ロミルダのやわらかい両腕が余の身体を包み込む。
「ロミルダ様の猫ですか?」
侍従の問いに、ロミルダは余の耳の辺りに頬をすり寄せながら答えた。
「はい、私の子です!」
フフフ、『私の子』か……。悪くない響きだ。余はロミルダの子!
「ロミルダ様がここにいて下さって助かりました」
騎士の言葉に侍従が、
「ディライラ様は、私がエサをやっても食べて下さらないのでな、猫の扱いに長けているロミルダ様をお呼びしたのだ」
「エサではなくお食事ですわ!」
訂正を入れるロミルダに面倒くさい空気を察したのか、
「では、わたくしは殿下救出作戦に戻ります!」
騎士は敬礼して去っていった。あー、殿下はここにいるのだが? でもどうせ言っても伝わらないしなぁ……なんだかまた睡魔が……
「ミケちゃん、リラックスタイムかしら? 私、猫ちゃんのマッサージについての本を読んだから、試してみたいんだけど」
余を抱えたままロミルダがソファに腰を沈める。彼女の前に置かれた白いローテーブルの上には、金細工の柵ごしにディライラがにらんでいる。
「ウゥゥ~」
余に対して、うなっておるのか!?
「あらあら、ディライラちゃんったらミケくんにやきもち焼いてるの?」
なるほど余が留守にしている間、ロミルダになついておったのだな。新入り猫である余がロミルダを奪うのではないかと危惧しておるのか、ディライラは。
「うぅみゃぁおーぅ、シャー!」
(ロミルダは余の婚約者! お前には渡さん!)
「ミケくんまで怒ってはだめでしょう? 二人ともイカ耳になっちゃって……」
「その三毛猫がいる間は、ディライラ様をキャリーから出してあげられませんね」
サラが冷静に分析する。ここは余の部屋だから、ディライラには我慢してもらうしかないな。
侍従が、ディライラがうずくまるかごをうやうやしく持ち上げ、
「ディライラ様には窓際で外の空気を吸っていただきましょう」
と連れて行った。猫になってみると余の寝室は冒険できるくらい広い。一番端の窓辺へ連れて行かれたディライラは、もう見えぬほどだ。余は安心してロミルダの膝の上で、ぐいーっと伸びをした。ディライラに威嚇されたせいですっかり目が覚めてしまったのだ。目が覚めたらすべきことがあったような――
「それじゃあ、お顔のマッサージからしていきましょう!」
ロミルダが優しい笑顔で見下ろす。そうだ、マッサージだったかにゃ?
「良かったですわ、あの三毛猫が来てくれて」
窓際で侍女サラが、余の侍従に小声で話しかけているのが聞こえる。
「全くですな。夕方になっても殿下がお戻りにならなくて、焼きあがったクッキーを前に居ても立ってもいられず右往左往していらっしゃるロミルダ様を見ているのは、つらいものがありました」
侍従のひそひそ声は、人間の聴力しか持たぬロミルダの耳には届かないようだ。
そうか、余がいないとロミルダは不安になってしまうのか! うむ、確かに今は余を撫でながら満足そうだ!
「気持ちよさそうねぇ、ミケちゃん」
ロミルダのやわらかい指先が、優しく額を上へと撫でてゆく。ロミルダの膝の上は暖かくて、余は再び眠くなってくる。
「お耳の周りもほぐしましょうねぇ」
吐息まじりにささやいてくれるのも心地よい。ゆっくりとさする指先に慈愛が満ちている。
「愛情、愛情……」
「にゃ?」
(なんだそれは?)
「うふふ、秘密の呪文ですよ」
ロミルダはいたずらっぽい笑みを浮かべた。変な女だ。呪文だと? まるで魔女のような…… いや、彼女はむしろ聖女かな?
「ほっぺむにゃむにゃ~」
また謎の呪文を唱えながら、両手の指先で余の顔を包み込む。こりゃ天国だ。また猫になって本当に良かった。
「あごあご~」
ブラッシングされたときも思ったが、自分で毛づくろいできないあごの下を掻いてもらうと、とても気持ち良いのだ。ロミルダはまるで猫体験でもしたかのように、余の気持ちが分かっておる。
「お体の方も失礼します」
彼女のかわいらしい手のひらが、余の胴体をさすってゆく。
「ゴロゴロゴロ……」
(いい気分だ……)
「肩甲骨の周りもマッサージしますよ~」
お、おお…… これは良い――!
「ゆっくり~、やわらか~く……」
くるくると肩回りをなでられて、次第にまぶたが重くなってくる。
「ゴロゴロ言いながらうつらうつらしちゃって、ミケちゃんかわいい!」
そう…… 余は―― かわいいのだ……
「ロミルダ様、こんなところでうたた寝されては、お風邪を召されますよ」
侍女サラの声で、余はうっすらと目を開けた。背中にロミルダの手のひらを感じる。そのあたたかさと脱力した重さから察するに、彼女も眠っていたのだろう。
「サラ、殿下たちは見つかって?」
上からロミルダの不安そうな声が降ってきて、余は彼女を元気づけようとその手をなめた。
「きゃっ、ミケちゃん! 今度はきみが私をマッサージしてくれるのぉん?」
とろけきったロミルダには一切反応せず、サラが沈鬱な声で答えた。
「いいえ、まだだそうです。王妃殿下が明日の朝、王都まで早馬を走らせて宮廷魔術師を呼び寄せることを決められました」
「魔術師たちの探索魔法ならきっと見つかるわね」
にっこりとほほ笑んだロミルダに対して、サラは固い表情でうなずいた。
「だとよいのですが」
「だってこんなに探しても何も手がかりがないのだから、きっとお二人は湖になんていらっしゃらないのよ」
その通りである。ロミルダはなかなか勘が鋭い。そうだ、思い出したぞ。ロミルダを魔女の隠れている水車小屋に案内せねばならぬのだった。寝たら少し頭がはっきりしたようだ。
「ええ、そうですね。ロミルダ様、お部屋に戻りましょう」
サラがロミルダの肩にブランケットをかける。
今夜は遅いから明日の朝、連れて行こう。
「にゃぁ、にゃーん」
(部屋に戻らんでも、余のベッドで寝ればよかろう)
余は、すたっとじゅうたんに降りると、自分の天蓋付きベッドのほうへ歩きながら、ロミルダを振り仰いだ。
「ミケちゃん、そっちのベッドじゃないのよ。私の部屋へ戻りましょう」
ロミルダが……、余を彼女のベッドに誘っておる!
脳裏に一瞬、モンターニャ侯爵と侯爵令息オズヴァルドのしかめっ面が浮かんだが、肉球で叩いてかき消してやった。今の余は猫。彼女の寝息を鼻先に受けながら寝る権利があるのだ。ふふふ、猫は最高だにゃあ。
猫の眠りは浅いのか空腹のせいか、夜中、余は何度か目を覚ました。外は雨が降っているようで、部屋は秋の夜のように冷えていた。
ロミルダの毛布にもぐりこんだ余は、こっそり彼女の白い手をなめた。
翌朝、食事を終えると余はすぐに、ロミルダに声をかけた。
「にゃー」
(案内したい場所がある)
「ミケくん、お外に遊びに行きたいの?」
その場の空気を読んで侍女のサラがすぐに支度を整えた。二人を率いて大階段を下りていると、
「ロミルダ様、外出されるのですか?」
騎士二人とすれ違った。
「もしかしたらこの猫ちゃんが、殿下二人の行方を知っているかもしれないと思いまして――」
勘の鋭さを披露するロミルダ。しかし頭の固そうな騎士に通じるはずもなく、二人は顔を見合わせた。それから、
「散歩に行かれるのは結構ですが、殿下二人の行方不明に加えて、ロミルダ様まで迷子になっては困りますからな。護衛を付けましょう」
どことなく見下した口調が腹立たしい。余は発言した騎士のブーツでガシガシと爪を研いでやった。
「うわっ、何するんだこの猫! 俺のブーツ傷だらけにしやがって!」
「あら、ごめんなさい!」
ロミルダが慌てて余を抱き上げる。そなたが謝ることではないのに。
もう一人の騎士が衛兵と、ディライラの世話係をしていた余の侍従を連れてきた。余は四人を魔女親子のひそむ水車小屋まで導いてやることにした。
「あの猫はまったく迷いなく進んで行きますが、ついて行って大丈夫なのですか?」
雨上がりの湖畔を歩きながら、衛兵がロミルダに尋ねる。
「あの猫じゃなくてミケくんですわ」
ロミルダは微笑を浮かべて訂正してから、余を信頼しきった口調で続けた。
「案内してくれているのだから行ってみましょう」
昨夜の雨粒が陽射しを反射する木々の向こうに、目当ての水車小屋が見えてきた。
「あの小屋は小麦の収穫時期だけ使われるんですよ」
余の侍従が解説する。余は先頭を切って走ってゆき、自慢げに頭で木戸を押し開けた。だが――
「みゃっ!?」
(誰もいない!?)
・~・~・~・~・~・~
魔女とその娘はどこへ消えた!? 次話『魔女親子の行方』、お楽しみに!
「ああ、やっぱりミケちゃんね。きみはいつも、私たちが困っているときに現れるんだから!」
ロミルダのやわらかい両腕が余の身体を包み込む。
「ロミルダ様の猫ですか?」
侍従の問いに、ロミルダは余の耳の辺りに頬をすり寄せながら答えた。
「はい、私の子です!」
フフフ、『私の子』か……。悪くない響きだ。余はロミルダの子!
「ロミルダ様がここにいて下さって助かりました」
騎士の言葉に侍従が、
「ディライラ様は、私がエサをやっても食べて下さらないのでな、猫の扱いに長けているロミルダ様をお呼びしたのだ」
「エサではなくお食事ですわ!」
訂正を入れるロミルダに面倒くさい空気を察したのか、
「では、わたくしは殿下救出作戦に戻ります!」
騎士は敬礼して去っていった。あー、殿下はここにいるのだが? でもどうせ言っても伝わらないしなぁ……なんだかまた睡魔が……
「ミケちゃん、リラックスタイムかしら? 私、猫ちゃんのマッサージについての本を読んだから、試してみたいんだけど」
余を抱えたままロミルダがソファに腰を沈める。彼女の前に置かれた白いローテーブルの上には、金細工の柵ごしにディライラがにらんでいる。
「ウゥゥ~」
余に対して、うなっておるのか!?
「あらあら、ディライラちゃんったらミケくんにやきもち焼いてるの?」
なるほど余が留守にしている間、ロミルダになついておったのだな。新入り猫である余がロミルダを奪うのではないかと危惧しておるのか、ディライラは。
「うぅみゃぁおーぅ、シャー!」
(ロミルダは余の婚約者! お前には渡さん!)
「ミケくんまで怒ってはだめでしょう? 二人ともイカ耳になっちゃって……」
「その三毛猫がいる間は、ディライラ様をキャリーから出してあげられませんね」
サラが冷静に分析する。ここは余の部屋だから、ディライラには我慢してもらうしかないな。
侍従が、ディライラがうずくまるかごをうやうやしく持ち上げ、
「ディライラ様には窓際で外の空気を吸っていただきましょう」
と連れて行った。猫になってみると余の寝室は冒険できるくらい広い。一番端の窓辺へ連れて行かれたディライラは、もう見えぬほどだ。余は安心してロミルダの膝の上で、ぐいーっと伸びをした。ディライラに威嚇されたせいですっかり目が覚めてしまったのだ。目が覚めたらすべきことがあったような――
「それじゃあ、お顔のマッサージからしていきましょう!」
ロミルダが優しい笑顔で見下ろす。そうだ、マッサージだったかにゃ?
「良かったですわ、あの三毛猫が来てくれて」
窓際で侍女サラが、余の侍従に小声で話しかけているのが聞こえる。
「全くですな。夕方になっても殿下がお戻りにならなくて、焼きあがったクッキーを前に居ても立ってもいられず右往左往していらっしゃるロミルダ様を見ているのは、つらいものがありました」
侍従のひそひそ声は、人間の聴力しか持たぬロミルダの耳には届かないようだ。
そうか、余がいないとロミルダは不安になってしまうのか! うむ、確かに今は余を撫でながら満足そうだ!
「気持ちよさそうねぇ、ミケちゃん」
ロミルダのやわらかい指先が、優しく額を上へと撫でてゆく。ロミルダの膝の上は暖かくて、余は再び眠くなってくる。
「お耳の周りもほぐしましょうねぇ」
吐息まじりにささやいてくれるのも心地よい。ゆっくりとさする指先に慈愛が満ちている。
「愛情、愛情……」
「にゃ?」
(なんだそれは?)
「うふふ、秘密の呪文ですよ」
ロミルダはいたずらっぽい笑みを浮かべた。変な女だ。呪文だと? まるで魔女のような…… いや、彼女はむしろ聖女かな?
「ほっぺむにゃむにゃ~」
また謎の呪文を唱えながら、両手の指先で余の顔を包み込む。こりゃ天国だ。また猫になって本当に良かった。
「あごあご~」
ブラッシングされたときも思ったが、自分で毛づくろいできないあごの下を掻いてもらうと、とても気持ち良いのだ。ロミルダはまるで猫体験でもしたかのように、余の気持ちが分かっておる。
「お体の方も失礼します」
彼女のかわいらしい手のひらが、余の胴体をさすってゆく。
「ゴロゴロゴロ……」
(いい気分だ……)
「肩甲骨の周りもマッサージしますよ~」
お、おお…… これは良い――!
「ゆっくり~、やわらか~く……」
くるくると肩回りをなでられて、次第にまぶたが重くなってくる。
「ゴロゴロ言いながらうつらうつらしちゃって、ミケちゃんかわいい!」
そう…… 余は―― かわいいのだ……
「ロミルダ様、こんなところでうたた寝されては、お風邪を召されますよ」
侍女サラの声で、余はうっすらと目を開けた。背中にロミルダの手のひらを感じる。そのあたたかさと脱力した重さから察するに、彼女も眠っていたのだろう。
「サラ、殿下たちは見つかって?」
上からロミルダの不安そうな声が降ってきて、余は彼女を元気づけようとその手をなめた。
「きゃっ、ミケちゃん! 今度はきみが私をマッサージしてくれるのぉん?」
とろけきったロミルダには一切反応せず、サラが沈鬱な声で答えた。
「いいえ、まだだそうです。王妃殿下が明日の朝、王都まで早馬を走らせて宮廷魔術師を呼び寄せることを決められました」
「魔術師たちの探索魔法ならきっと見つかるわね」
にっこりとほほ笑んだロミルダに対して、サラは固い表情でうなずいた。
「だとよいのですが」
「だってこんなに探しても何も手がかりがないのだから、きっとお二人は湖になんていらっしゃらないのよ」
その通りである。ロミルダはなかなか勘が鋭い。そうだ、思い出したぞ。ロミルダを魔女の隠れている水車小屋に案内せねばならぬのだった。寝たら少し頭がはっきりしたようだ。
「ええ、そうですね。ロミルダ様、お部屋に戻りましょう」
サラがロミルダの肩にブランケットをかける。
今夜は遅いから明日の朝、連れて行こう。
「にゃぁ、にゃーん」
(部屋に戻らんでも、余のベッドで寝ればよかろう)
余は、すたっとじゅうたんに降りると、自分の天蓋付きベッドのほうへ歩きながら、ロミルダを振り仰いだ。
「ミケちゃん、そっちのベッドじゃないのよ。私の部屋へ戻りましょう」
ロミルダが……、余を彼女のベッドに誘っておる!
脳裏に一瞬、モンターニャ侯爵と侯爵令息オズヴァルドのしかめっ面が浮かんだが、肉球で叩いてかき消してやった。今の余は猫。彼女の寝息を鼻先に受けながら寝る権利があるのだ。ふふふ、猫は最高だにゃあ。
猫の眠りは浅いのか空腹のせいか、夜中、余は何度か目を覚ました。外は雨が降っているようで、部屋は秋の夜のように冷えていた。
ロミルダの毛布にもぐりこんだ余は、こっそり彼女の白い手をなめた。
翌朝、食事を終えると余はすぐに、ロミルダに声をかけた。
「にゃー」
(案内したい場所がある)
「ミケくん、お外に遊びに行きたいの?」
その場の空気を読んで侍女のサラがすぐに支度を整えた。二人を率いて大階段を下りていると、
「ロミルダ様、外出されるのですか?」
騎士二人とすれ違った。
「もしかしたらこの猫ちゃんが、殿下二人の行方を知っているかもしれないと思いまして――」
勘の鋭さを披露するロミルダ。しかし頭の固そうな騎士に通じるはずもなく、二人は顔を見合わせた。それから、
「散歩に行かれるのは結構ですが、殿下二人の行方不明に加えて、ロミルダ様まで迷子になっては困りますからな。護衛を付けましょう」
どことなく見下した口調が腹立たしい。余は発言した騎士のブーツでガシガシと爪を研いでやった。
「うわっ、何するんだこの猫! 俺のブーツ傷だらけにしやがって!」
「あら、ごめんなさい!」
ロミルダが慌てて余を抱き上げる。そなたが謝ることではないのに。
もう一人の騎士が衛兵と、ディライラの世話係をしていた余の侍従を連れてきた。余は四人を魔女親子のひそむ水車小屋まで導いてやることにした。
「あの猫はまったく迷いなく進んで行きますが、ついて行って大丈夫なのですか?」
雨上がりの湖畔を歩きながら、衛兵がロミルダに尋ねる。
「あの猫じゃなくてミケくんですわ」
ロミルダは微笑を浮かべて訂正してから、余を信頼しきった口調で続けた。
「案内してくれているのだから行ってみましょう」
昨夜の雨粒が陽射しを反射する木々の向こうに、目当ての水車小屋が見えてきた。
「あの小屋は小麦の収穫時期だけ使われるんですよ」
余の侍従が解説する。余は先頭を切って走ってゆき、自慢げに頭で木戸を押し開けた。だが――
「みゃっ!?」
(誰もいない!?)
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魔女とその娘はどこへ消えた!? 次話『魔女親子の行方』、お楽しみに!