お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第3話、ロミルダ嬢、猫ちゃんを拾う

「仮に妹が魔女だとして、なぜ婚約者であるミケーレ殿下をねらうのです? おとなしく結婚して時を待ち、王妃となってからこの国を乗っ取ればよい」

 低い声で淡々と話す侯爵令息オズヴァルドに、脳筋な騎士団長はたじたじとなった。

「む、むむむ!?」

 理解できているのかいないのか、妙な声を出す。

「それから宮廷魔術師たちは、クッキーにかけられた魔術を特定できないのか? なにか魔力を感じる、ではあいまい過ぎるだろう」

 騎士団長の正面へ、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。

「む、むむ。残された術式から魔術を特定するには時間がかかるらしく――」

 魔術について門外漢である騎士団長は声が小さくなった。

「では鑑定が終わってから再度来ていただこう。それまで妹を屋敷の外へ出さないことを約束する」

 静かな声で、しかし毅然と言い放つオズヴァルドに、

「いや、あの、魔女なら遠隔で魔法が使えるかもしれず、身柄はこちらで――」

 もごもごと反論する騎士団長。

「我が妹ロミルダはミケーレ殿下の婚約者であり、被害者かもしれぬ事をお忘れなく」

 オズヴァルドのおだやかな声に凄みがこもった。頭一つ分背の高い騎士団長を射る視線には、有無を言わせぬ迫力がある。

「む。承知した」

 騎士団はぞろぞろと大回廊をあとにする。帰り際に、騎士団長は意地の悪い目でロミルダをにらんだ。

「魔女め、命拾いしおって」

 そのときだった。廊下からいきなり一匹の猫が飛び出し、騎士団長の顔に飛びついた。

「いてぇっ! いてててて!」

 屈強な図体に似合わず、顔じゅうひっかかれて壮絶な悲鳴をあげる騎士団長。周りの騎士たちが猫を引きはがそうとするが、騎士団長の背が高くて頭の上に登った猫まで手が届かない。

「いまいましい猫め!」

 なんとか首根っこをつかんで放り投げた。弧を描いて宙を飛ぶ三毛猫はシャンデリアをかすめて、集まった人々の頭上を飛んで行く。

「猫ちゃん!」

 ロミルダが走って、シャンデリアのきらめく天井から落ちてくる猫を抱きとめた。



「この子、ディライラちゃんじゃないかしら?」

 自室に戻ったロミルダはカーペットにひざをついて、寝そべる三毛猫をなでていた。

「でもディライラって名前からすると雌ですよね?」

 侍女のサラがカーペットに這いつくばって、猫の後ろから尻の下をのぞいている。

「三毛猫ちゃんなんだから、この子も女の子でしょう?」

「普通はそうなんですが――えいっ」

「にゃ、にゃぁぁぁっ!!」

 サラがいきなり後ろ足を持ってひっくり返したので、三毛猫は悲鳴をあげた。

「まあ、やめてあげて!」

 焦るロミルダに、

「ご覧ください。タマタマがついてるでしょう?」

「にゃ、にゃっ! にゃにゃあああ!」

 猫がうるさく抗議するので、サラはカーペットの上に戻してやった。 

「本当ですわ! じゃあこの子は三毛猫のミケくんって呼びましょう」

 ロミルダはいそいそと、ミケのために飲み水を用意してやった。

 ミケは小さな舌をせわしなく動かして、ぴちゃぴちゃとかわいらしい音を立てて水を飲む。

「まあ、喉が渇いていたのね。かわいそうに」

 その背中をそっとなでると、手のひらにあたたかい体温が伝わってきた。

「ミケくん、かわいい!」

 ロミルダは思わず、その小さな背中に顔をうずめた。

「にゃあっ!」

「ロミルダ様、猫が迷惑してますよ」

「してないわよ」

 顔を上げたロミルダを見て、サラは苦笑した。

「お顔に猫の毛がついております。猫は吸うものではありません」

 ロミルダは絹のハンカチで鼻先をぬぐいながら、もう一方の指先でミケの首元をなで続けている。これは猫も気持ちよさそうにしているので、サラは何も言わなかった。だがそのうち、

「あら、お耳の中がよごれていますわね?」

 などと言い出し、濡らした綿棒でそっと猫の耳の中を拭き掃除し始めた。

 それが終わると、

「ねえサラ、この子きっとおなかがすいているに違いないわ。厨房のシェフに何かやわらかいものを作ってもらいましょう!」

 目を輝かせ、立ち上がろうとする。

「私が行って参ります、ロミルダ様」

 ロミルダを押しとどめて、サラは廊下に出て行った。

 一人になるとロミルダの心を不安が襲った。

(さっきはお兄様が(かば)ってくださったけれど、王宮からどんなご沙汰が下されるのかしら。ミケーレ殿下が姿を消されたってどういうこと? 私の差し上げたクッキーから魔力が感知されたとおっしゃっていたわよね。何か関係があるのかしら――)

 とめどない思考がぐるぐると回る。

「にゃ?」

 かすかな高い声に見下ろすと、ミケが小さな手をロミルダの足に乗せ、綺麗な黄緑色の瞳で様子をうかがうように見上げていた。

「ああ、ミケくん――」

 たまらずロミルダは猫を抱き上げた。

「心配してくれてるの? 一人物思いにふけってしまってごめんなさいね」

 腕に感じるミケの重みと熱が、ロミルダの胸のわだかまりを溶かしてゆくようだ。ミケの小さな額に頬をすり寄せると、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。

「うれしい! ミケくんったらまだ会ったばかりの私を受け入れてくれるのね!」

 熱いものがこみ上げてきて、孤独なロミルダは泣き出しそうになった。愛があふれ出してキスしようとすると、

「にゃんにゃっ」

 小さな手でやんわりと押し返されてしまった。だがロミルダはさらに歓喜する。

「きゃぁっ、私のほっぺにミケくんの肉球が!」

 猫の手を指先でちょっとはさむと、さわられたくないようで引っ込めてしまった。しかしロミルダは動じない。

「肉球っ! ぷにっ! かわいい! はぁはぁ」

「ロミルダ様、正気に戻って下さい」

 いつの間にかサラが帰ってきていたようだ。銀食器を載せたお盆を手に、心底呆れた顔でながめている。

「猫のエサ作ってもらいましたよ」

「サラ、猫ちゃんのお食事と言ってくださいな」 

 いつもは優しいロミルダが珍しくとがめた。それからミケを見下ろすとまたでれっと相好を崩し、

「お食事ですよぉ」

 とろけるような声で話しかけた。冷めた目をしたサラから食器を受け取り、手ずからトロッとしたペースト状のエサを与える。猫のミケは喜んで食べ、ついでにロミルダの指についた分までなめようと、器用に両手で彼女の手をはさんだ。

「きゃぁ、ミケくんの舌の感触ザラっとして最高ですわ!」

「猫の舌って痛くないですか?」

「この刺激がたまらないのよっ」

 食事が終わるとミケはロミルダのひざの上に乗って、ぺろぺろと毛づくろいを始めた。そのうち前脚を隠したまま、目が開いたり閉じたりうつらうつら……。

「はぁぁ。かわいい……」

 ロミルダはうっとりとミケを見つめながら、そのやわらかい曲線を描く背中を優しくなでてやる。

「あら? 後ろ足に葉っぱの欠片が引っかかって――」

「お外にいたらそうなるのでは?」

「洗ってブラッシングしてあげたいわ」

「猫は水、嫌がりますよ」

 どこまでも冷静なサラの忠告は無視して、夕方ロミルダは有言実行した。

 野良猫にしてはあり得ないほどミケはよくなつき、ぬるま湯をかけられても大騒ぎせず、初めてのはずのブラッシングもおびえることなく気持ちよさそうにしていた。

「ミケは本当にお利口さんね」

「まるで人間の言葉を分かっているみたいに賢いですね」

 サラの言う通りだった。

「ミケくん、私と一緒に寝てくれる?」

「にゃぁ」

 ミケはアーモンド形のガラス玉のような瞳でロミルダを見上げ、しっかりと返事した。

「きゃーっ、お話しできるのね!」

 たまらずロミルダはミケを抱き上げ、ほおずりしながら天蓋付きベッドに連れて行った。

 ミケはヘッドボードに並んだクッションをふみふみしていたが、しばらくすると眠くなってきたようだ。枕の横で丸くなって、だんだん目が細くなってゆく。そのかわいいお尻をぽんぽんとやわらかくたたきながら、ロミルダもいつの間にか眠ってしまった。



(どうして侯爵邸に野良猫なんて迷い込んできたのかしら? そもそもあんなに人懐っこい猫が野良なのかしら? ミケーレ殿下がかわいがっていたディライラ様とそっくりなのはただの偶然?)

 一日の仕事を終えベッドに入るとき、サラの頭にいくつもの疑問符が浮かんだ。

(今は猫のことより、ロミルダ様の心配をすべきね)

 燭台の灯を消して、サラはブランケットにもぐりこんだ。


・~・~・~・~・~・~・


次話から、ミケーレ王太子視点になります! 一見、冷徹に見える彼の内面は?

「猫ちゃんの肉球ムニムニしたい!」
「猫ちゃんのザラっとした舌で舐められたい!」

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