お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第40話、婚姻の儀

 今日は王太子ミケーレと、モンターニャ侯爵家令嬢ロミルダの結婚式。うわさの王太子妃を一目見ようと、王宮広場には王都民が詰めかけていた。

「王太子妃様はすごい人らしいぞ。宮廷魔術師も王国騎士団も太刀打ちできなかった魔女を、言葉だけでなだめて説得したんだと」

 魔女アルチーナの人相書きは、王家転覆をもくろんだ凶悪な脱獄犯として、王都中にばらまかれていた。その魔女を言葉巧みに懐柔して手なずけたのがロミルダ嬢だと、もっぱら評判になっていた。

「ロミルダ様っていうのは今の宰相――モンターニャ侯爵様のお嬢さんだろう?」

「大切に育てられてきた貴族の娘さんだろうに、気丈な方なんだなあ……」



 王宮内に与えられたロミルダの居室――

 大きな鏡の前に座ったロミルダの髪を高く結い上げながら、侍女のサラが鏡越しに目を合わせた。

「ロミルダ様、城下で有名人だそうですよ。まだ若いのにどんな人生を歩んできたら、老獪(ろうかい)な魔女をなだめて味方にできるのかって、みんな不思議がっているそうです」

 鏡の前に並んだヘアピンをサラに手渡しながら、ロミルダはふと遠い目をした。

「そう……。それはきっと―― 私の心に住むお母様の言葉だから、なのかもしれないわ」

 鏡に映る窓の向こうに広がる青空を見つめながら、

「もしかしたらあの瞬間、本当にお空の上にいらっしゃるお母様が、私の身体を借りてお話しされていたのかもね……」

 そうだったらいいな、と思いながら、ロミルダは少し悲しそうにほほ笑んだ。

 言葉を探していたサラが口を開きかけたとき、扉の向こうからミケーレの声が聞こえた。

「ロミルダ、支度はできたか?」

「まだです」

 ロミルダが答える前に、即答するサラ。

「――入ってよいか?」

 サラの声にちょっとひるんだミケーレだが、扉に額をつけるように近付いて小声で尋ねた。

「お着替えは終わっておりますからどうぞ」

 サラが許可すると、金糸の刺繍がまぶしい晴れ姿のミケーレが、正装した侍従を従えて部屋に入ってきた。侍従が大事そうに抱えた金細工のかごの中では、三毛猫ディライラが蝶の形をしたおもちゃをモフモフお手々でつついて遊んでいる。

 サラが髪から手を離したすきにロミルダは、鏡に映ったミケーレに笑いかけて立ち上がった。

「ロミルダ、綺麗だ」

 おだやかな声でつぶやいて、ミケーレがふわりとほほ笑む。

「ありがとうございます。ミケーレ様もいつもに増してお綺麗ですわ!」

「いやそこは格好良い、では?」

「あ。思わず見たままを口に出してしまいました!」

 両手で口を押さえたロミルダに、ミケーレは笑い出した。

「よいよい。そなたのそういう真っ直ぐなところを、余は愛しているのだ」

 面と向かってそんなことを言われて、ロミルダは頬を染めてうつむいた。

「そなたはいつも可愛らしいが、今日はかわいいというより美しいな」

 満足そうに見つめられて鼓動が速くなるロミルダに、サラが冷静な声をかけた。

「ロミルダ様、御髪(おぐし)の続きを」

「もうこれで充分だわ」

「いいえ。真珠のビーズを飾って、横には花を刺して、頂点には羽を付けなければ」

 サラに言い含められて、ロミルダは再び鏡の前に戻った。



 貴族たちだけでなく、宮殿の使用人や王都民からも祝福を受けた盛大な婚姻の儀を終え、隣国の大使も参加する晩餐会の席で、カルロ第二王子の婚約発表がなされた。

「まあ、かわいい!」

 貴婦人たちが歓声を上げるのも無理はない、現れたのは重そうなドレスに身を包んで、はにかむように笑う十歳くらいの少女――ブラーニ老侯爵の孫だった。

 王太子妃となったロミルダが侯爵家の出身なので、第二王子の妃に公爵令嬢が嫁ぐのは好ましくないということで、年齢的にやや若すぎるものの彼女が選ばれたようだ。

(私は自分より身分が上の方でも気にしないけれど、私個人が気にしないからいいっていうものではないのよね……)

 これからついに、王室の一員としての面倒な生活が始まるのかと、のんびりしているのが大好きなロミルダはため息をついた。

 晩餐会の会場となった大広間の壁には、ずらりと衛兵が整列している。魔女との戦いで深手を負った者もいた。だが幽閉中の魔女自身が書いてよこした指示書通りに、宮廷魔術師たちが魔法薬を調合したところ、効果抜群のポーションが出来上がった。そのおかげで皆たちまちのうちに回復したのだ。



 時おり吹く風が、人々の歓声を北の塔の最上階まで運んでいく。幽閉された魔女アルチーナは、婚姻の儀が執り行われた今日も喧騒を遠くに聞きながら、小さな窓から差し込む明かりを頼りに魔術書を執筆していた。

 それら手書きの書物は、宮廷お抱えの写字生たちによって写本に複製され、宮廷魔術師たちの教科書になるのだ。



「この魔法陣と、こっちのページに描かれている魔法陣は違うのか? 向きが違うだけじゃないか?」

 書物だけでは理解できない箇所を確認しに、時々宮廷魔術師が北の塔へ足を運ぶようになった。

「似ているだけで別物よ。書き入れられている古代文字が違うでしょう?」

「む、ああ」

「まずは古代文字をすべて覚えてくださいな。魔法陣をマスターするのに必須の知識ですから」

 アルチーナは机の横に積み上げてあった綿紙(コットンペーパー)の束から、一枚を引き出した。

「覚えやすいよう、古代文字を体系的にまとめてみたのです。役に立つかしら?」

「おお! これはいい」

 宮廷魔術師は顔を輝かせて受け取った。

 心を入れ替えたアルチーナは、すっかり良き教師になっていた。



 国王陛下が新たに打ち出した「魔法立国」政策により、ロミルダとミケーレの王太子夫妻だけでなく、衛兵や法衣貴族にも宮廷魔術師から魔法を学ぶ義務が発生した。

 宮殿内の図書室でロミルダが復習していると扉が開いて、廊下から乾いた風がふわりと舞い込んだ。図書室の空気を動かし、開け放たれた窓から外へ飛び立ってゆく。

「我が聡明な(きさき)、ロミルダよ。尋ねたいことがある」

「また魔法の授業についてですか?」

「うっ……」

 ロミルダはミケーレ王太子のノートに顔を近づけた。細かい字でびっしりと埋め尽くされているわりに、情報が整理されておらず読みにくい。

「昨日説明を受けたところですね」

「ロミのノートはきれいだな」

 うしろに立ったミケーレが、ページをめくるロミルダの手元を見下ろす。

「ああ、この術式ですね。私も疑問に思っていたところです。アルチーナ夫人に直接訊きに行きましょう」

「余はあの魔女、苦手だからやめておく。そなたとサラで訊いて余に教えてくれ」


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いつも応援していただき、本当にありがとうございます!

次回最終話、義妹ドラベッラのその後が明らかになります。

そしてついに、ミケーレ殿下が秘密を打ち明けるようです・・・!
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