微糖、微熱、微々たる鼓動
正直、凪のような奴らばかりだった俺からしたら、夢野のように俺に優しくするやつは気味が悪い。



腹の底で悪意をもって人に優しくする奴なんて、目を見れば大抵分かる。
無償の優しさなど、所詮はまやかしだと思っていた。



だからこそ、本心で人に優しくする夢野の行動が理解出来なかった。



胸を張って言える事ではないが、俺は近所でも有名な方だ。もちろん、悪い方で。
職業が画家なこともあり、ある程度の知名度はあった。



夢野の耳にも、1度は入っていると思うが、当の本人は俺の事を何一つ知らないらしい。




「奏さん、こいつ色々と噂されてるんですよ?」



「ん?んー・・・でも結局は噂でしょ?直接関わらないと分からないよ」



「でもでもっ、態度悪くないですか?!」



「ちょっとひねくれてるだけだよ。それに、思っている事をはっきり言えるっていいことじゃない」




なんでそうなるんだよ。
見てみろ、凪の顔。信じられないって顔してるぞ。




「それに、私は偏見でものを言う人は苦手だよ」




そう言って凪の頬を軽くつねる夢野。
嫌いにならないでください!と目をうるませる凪に、夢野はクスクス笑った。


頬をさする凪を笑っていた夢野は、チラッと時計を見る。
ちょうど凪の休憩時間なのか、キッチンの方へ凪を送り出した。


他に客がおらず、俺は夢野と2人きりになった。




「それにしても、有名人だったんですね」



教えてくれれば良かったのに。と笑う夢野に、思わず笑ってしまう。



「近所から悪く言われているって言えば良かったか?」



「そうじゃないです。職業の方ですよ」



「わざわざ言う必要ないだろ」



「言わない理由もないですよ?」



「だるいなお前」



「よく言われます」



俺の挑発にも乗らず、ずっと笑みを浮かべたまま楽しそうにしている夢野に、ため息が出る。



もっと怒鳴ってくれたり、いっその事無視してくれる方が楽なのだが、この女はそうはいかないようだ。



「名前はさっき分かりましたよ!凪ちゃんが教えてくれました」



渡海さんですよね?と首を傾げる。


それを無視すると、これからは渡海さんって呼びますね。と呑気に笑う夢野。
なぜこれからも会う予定なのだろうか。




「もうお前に会うつもりねぇーよ」



「私はもっと渡海さんと話したいです」



「俺が話したくないって言ってんだろ」



「人と話すの、嫌いなんですか?」



口を尖らせる夢野の目を、なんとなく見たくなくて窓の方を見つめる。



「嫌いとかじゃなくて、めんどくさいんだよ」



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