婚約者に浮気された海洋生物学者は海の戦士と結婚する
出会いは嵐の夜に
1990年の夏、太平洋側にて。
夏真っ只中で、気象予報では1日晴れなのに、その日に限って午後から何故か大荒れの天気になった。
そんな大荒れの天気の中、かいはと書かれた1隻の大きな船が激しい波に揺られながらも、目的地に進んでる。
「姉さん!!姉さんってば!!どこにいるの!!」
激しく揺れる船内をヒフミは止まることもなく、自分の姉を探していた。
「どこ行ったのよ…あと2時間すれば日本に着くのに…それにこんな嵐の中じゃ、何が起きてもおかしくはないから、出来るだけ近くにいて欲しいのに」
探せど姉の姿は見当たらず、最終的に研究室にたどり着いた。
「もう、ここしかない」
バン!!
ヒフミは扉を勢い開けた。
「姉さん!!姉さん!!」
「…みぃ」
「んっ?」
小さい声が耳に入って、ヒフミは声の方を振り向いた瞬間だった。
「うわあああああああ!!ヒフミィィィ!!」
「わぁぁ!?姉さん!?」
ぐしゃぐしゃに泣き崩れた表情をしながら、勢いよくヒフミに抱きついてきた。
「うわあああああ……ヒフミィ……わだじぃ…裕史さんにフラれたぁぁ!」
「と、とりあえず落ち着いて?ね?姉さん」
「落ち着けれるかぁぁ!!」
「ちょ!?姉さん!?」
再び泣き叫びながらも、ヒフミを押し退けて船内をでて甲板に飛び出した。
ヒフミは慌てて、姉の後を追っていった。
嵐によって揺れてる船の甲板は立つには、何か捕まってないと難しく、本来なら嵐には甲板には出ない。
「姉さん!!ちょっと、変な考えはやめて!!」
「もう男なんてやだぁ!!なんだよ別れるって!!帰ってきたら結婚するって言ったくせに!!馬鹿野郎!!死んでやる!!」
荒れ狂う波に身投げをする姉をヒフミは慌てながらも、姉の腕をを掴み制止する。
しかし、姉の叫びに応えたのか、甲板に届きそうな波がヒフミと姉の2人に目掛けて襲いかかってきた。
「危ないヒフミ!!」
「え…」
ドン!!
さっきまで泣き叫んでいた姉が、ヒフミを波に呑み込まれないように突き飛ばした。
ヒフミを飛ばした瞬間、波に勢いよく飲み込まれた。
「姉さぁぁぁぁん!!」
ヒフミは慌てて甲板からを身を乗り出し、荒れ狂う波の中で姉の姿を探す。
「ヒフミさぁぁん!なにかあったんですか!?」
「姉さんが落ちたの!!急いで海上保安庁に要請して!!」
ヒフミは急いで船内に戻り、海上保安庁に姉の救助要請した。
一方、海中にて。
俺はその日、海上の波がオーシャンまでに響いてる原因を突き止めるべく、オーシャンを出て海上を偵察していた。
「……おかしい」
海上の波がオーシャンまで荒れることは珍しい。
しかも、何故か波に紛れて微かに魔力を感じる。
「なんだこの魔力は…」
俺は魔力が感じる方向へ向かうと、次第に魔力が強く感じるようになり、魔力の発生源に辿り着き、確認する為、海面に顔を出した。
「これは…」
目に映ったのは、今まで見たこともない嵐の光景で、海面から天に向かって、波が渦潮の如く登ってる。
「あれが魔力の発生源か?流石に波に魔力なんて…ん?あれは?」
その渦潮の中に何か光るのを見つけた。
嵐のせいで見えづらいが、原因を確かめるべく、波に身体を押しつぶされないように、防御魔法を身体に張りながら、急いで渦潮の中に入った。
「こんな凄まじい魔力は…どこかで……あれだな」
渦潮の中、先程の光を見つけて近寄った。
「これは!?」
そこには本来居るはずもないであろう、陸の人間が居た。
俺は確認すべく、陸の人間にそっと触れ状態をみた。
「魔法源はコイツからだが、意識はない…いや?肺に海水が入ったのか」
いくら魔力によって守られてるとはいえ、陸の人間は俺たちみたいに海中では呼吸ができなく、肺に海水が入ったままだと死んでしまう。
いっその事、そんなめんどくさい考えはやめて、魔力源だけとってコイツを殺せばいいのでは?
「……」
俺は陸の人間の首に手を伸ばした…。
しかし、陸の人間をちゃんと見た瞬間に、伸ばしたその手がピタリと止まってしまった。
藍色の長髪に、陶器のような白さに滑らかさ…。
何故だ?初めて陸の人間を間近で見たはずなのに、何故こんなにもコイツに惹かれてしまうんだろうか?
本来なら、陸の人間との干渉はしてはいけないのに。
そして俺は、陸の人間を抱きかかえて渦潮から抜け出し陸に向かい、陸に上がり雨風が凌げる洞窟に入った。
そして、治癒魔法で陸の人間の肺から海水を取り出した。
「ガハッ…ゲッホ……ゲホゲホ」
「……」
海水を取り出した勢いで、陸の人間が咳き込みながらも目を覚ました。
「……」
「……」
互いに目が合う。
陸の人間の瞳は太陽のような綺麗な瞳をしていた。
その瞳は俺を捕らえており、俺を離さない。
「……」
「あなたは?…私……確か船から波に飲み込まれて…」
「……」
陸の人間は警戒心がないのか、不思議そうにこちらを見ている。
それもそうだ、俺はこの陸の人間からしたら普通の人間には見えない筈だ。
しかし、これ以上この陸の人間と関わったら、禁忌に触れかねない…。
そして、オスとしての俺がもたない事が、生まれながらの本能で分かる。
俺はこの陸の人間に触れた瞬間に惚れてしまった。
今までメスに興味が無かった筈なのに、目の前に居る陸の人間が、俺のオスとしての心を掴んでしまった…俺はこの感情を押し殺し、この陸の人間の傍から静かに去ろうとした瞬間。
「まって!!人魚さん!!」
「…!?」
陸の人間は俺の腕を咄嗟に掴んできた。
「わ、私……その…さっき、船から波に飲まれて…あなたですよね…助けてくれたの…その…ありがとうございます!」
陸の人間は少し慌てながらも、少しだけ嬉しそうにお礼を言った。
「…残念だが…俺は…人魚じゃない」
「!?」
俺が喋りだしたのを陸の人間は少し驚いたが、優しく俺に聞いてきた。
「も、もし…差し支えがなければ…名前聞いてもいいですか?」
陸の人間の言葉が今の俺には危ういと知っていても、俺はこの陸の人間に名前を教えた。
「……リヴィアタン」
「やっぱり!あの絶滅種のクジラの名前ですね!!私は深海ホタルです」
俺の名前を聞いた瞬間、ホタルは子どものように嬉しそうな顔をした。
「私ですね、海洋生物学者していてね…つい最近リヴィアタンの化石を見たばかりなので…私、化石を見たら鰭の形が大体分かってしまうから…リヴィアタンさんの耳についてる鰭と尾鰭で分かってしまったんです」
びしょ濡れながらも、ポケットから濡れた手帳を取り出して、それを俺に見せた。
そこには、様々な生き物の絵や文章が書かれていた。
「……お前は俺が怖くないのか?陸の人間は異様な者をみたら怖がると聞いたが?」
「怖くないですよ!!寧ろ、リヴィアタンさんは素敵ですし、神秘ですよ!!鰭を持つ人間なんて見たことがない!!」
「……おかしな奴」
「おかしくはないですよ!!それに、私はもっと貴方に色々聞きたいです!」
ホタルは無理やり俺を横に座らせた。
「貴方の事聞かせて!」
「……」
真剣なその視線に押し負けてしまい、俺はホタルに話し始めた。
俺はホタルの話を聞くうちに、最初の気持ちから更にホタルに心が惹かれた。
嵐は気付けば止んでおり、朝日が洞窟に入る頃まで俺とホタルは語り合った。
「朝日だ!!」
「……さて、俺はそろそろ行く」
「……」
「どうした?」
「あの、リヴィアタンさん!!」
ホタルは俺の手を優しく握って、まっすぐと見つめた。
「また、会えますか?私はまた、リヴィアタンさんと会いたいです。また、海のことを話したいです」
「……」
ホタルの口からはまた会いたいと言う言葉がでてきた。
本来なら、オーシャンバトルの時にしか陸の人間と関わってはいけない…。
頭では分かっているのに、ホタルの言葉で俺自身の気持ちが昂られてしまう。
「俺は、陸の人間の事は本や言い伝えでしか知らなかった…だが、陸に海を心から愛してる人間に出会えるとは思わなかった…」
俺は腰袋から1つの青色の魔法石を取り出し、その魔法石に魔力を加え指輪の形にした。
「手を出してみろ」
ホタルはゆっくりと左手を出してくれた。
ホタルの白くて綺麗な手に似合うように作った指輪を、ゆっくりと薬指に入れた。
「わぁ……綺麗」
「これは魔法石で作った指輪…これを付ければ、直接お前と連絡が取れる指輪だ」
「ほー…って!?アレ!?ちょ、薬指!?ぬけっない!!」
「当たり前だ、その指輪はある意味印みたいな物だからな」
「印?なんの印ですか?」
「それは……言えん」
印、オーシャンでは好いたメスに自分の魔力で作った指輪を渡す事で、そのメスが自分の番候補だと分かりやすくする印。
言わば、ホタルは俺の大事な番候補にした。
しかし、まだホタルの気持ちは聞いてないからこそ、その時は指輪は解除し、俺はホタルの記憶を消す。
「さて、俺はそろそろ帰る…もし、会いたくなれば…夜、その指輪に話しかけてくれ」
「分かりました!また明日の夜会いましょう!!」
ホタルは満面な笑みで手を振り俺を見送った。
そう、ホタルは俺との出会いによって、ホタル自身の運命を変えてしまうことになるのはまだ知らない。