君のハグなんていらない!
目の前のはしゃぎっぷりを、私はオレンジジュースの入ったグラスに唇をつけて睨んだ。
「ハグしようぜ、ハグ」
その言葉に、体に嫌悪感が走る。
__はじまった。
打ち上げ恒例、ハグ。
勝っても負けてもハグをしあうという、謎の伝統。
「ハグ」の声を上げる人は特に決まっていない。たいてい部内のノリの良い人間だ。
男ばかりの部だし、特に問題はない。青春の一ページとして、感動と笑いが刻まれる瞬間だ。
はじめは、ね。
そのうち先生たちともハグし始める。そして応援団、次第にチアリーダーや吹奏楽部も。
もちろん強制ではない。軽いハグだし、先生の監視もあるし、節度を持ったちょっとしたイベントだ。
だけど私からしたら、けしからん儀式だ。この儀式の噂を聞いてチアリーダーに手を挙げる女子がいるというのだから、ほんとにけしからん。
私はこのイベントが少々苦手だ。いや、かなり嫌だ。
一応流れ的にみんな私の所にも来てくれるけど、そのたびに私が両手を出して「私は、大丈夫」なんて拒むから、実際ハグをされることはないし、入部してからこれまでハグをされたことはなかった。次第にハグを求める人すらいなくなった。
「美咲もハグしようぜ」
だからその声にも、私は両手を出し、俯いた顔を大きく振って断った。
「私は、いい」
「なんでだよ」
顔を上げると、日に焼けた顔の筋肉を緩ませた大地が、顔と同じくらい真っ黒に焦げた両腕を広げて立っていた。
「ハグなんて、したくないから」
そう言って唇を尖らせている間に、「大地先輩、ハグしてください」と言う、高めの少し緊張気味な声が、私たちの時間を奪っていく。もじもじとしてはにかむようなかわいらしい女子が、腕を控えめに広げて待っていた。
ああ、嫌だ、嫌だ。
私に向けられていたその大きな手が、長い腕が、たくましい胸が、彼女に向けられる。
広げた腕の中に、小さくて華奢な体が吸い込まれていく。
チアリーダーとして炎天下の中応援していたはずなのに、肌は透き通るように白い。その柔らかそうな肌に、大地の手が優しく触れる。彼女のむき出しになった細い腕が、大地のたくましい体にぐるりと巻き付けられる。
思わず目をそらした。
こんなの聞いてない。
入部説明会の時、誰も言わなかったじゃない。
こんな思いするなら、野球部のマネージャーになんて、ならなかった。