鬼の生贄になったはずが、溺愛されています
そう思い、少しだけ息を吸い込んだ。
早朝のむせるような冷たい空気が肺に入り込んできて、目が覚める。


「はい。どなたですか?」


ハナは生前の両親がそうしていたように、草履で戸口へ向かって外に声をかけた。
しかし、声は帰ってこない。

もしかしたら、野良犬や野良猫が音を立てていたんだろうか。
蔵に保管してある作物を食い荒らすネズミを駆除するために、猫を買い始めた家が多くある。

その中の一匹がふらふらとやってきた可能性があった。
もう1度外へ声をかけて返事がなければ動物だろう。

そう思ったときだった。


「ハナ。こんな早くにすまないな」


そんな男の声が聞こえてきてハナはまばたきをした。
今のは村の長である田村爺の声じゃなかったか。

田村爺は生まれたときからこの狭霧村を離れたことがない、今年70になる男だった。
だいたい60前後で寿命をまっとうする人が多いこの村での最年長で、生き神様のように祀られる存在だった。

すなわち、田村爺だと気がついたハナはこの戸を開ける以外に選択肢はなくなったのだ。


「田村爺ですか? 今開けます。少し待ってください」
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