わがままだって言いたくなる

第31話


「何を言ってはいけないって?」

 小松紗は、果歩に向かって言う。
 トイレの中から出ようとしたら、
 目の前に紗がいた。
 比奈子との会話が聞こえていたようだ。

「あ…。」


「比奈子ちゃん、
 声が出ないのは何かの病気にでも
 なったの?」

「……。」


「すぐに病院連れて行けばいいじゃない。」


「そういう問題じゃないから。」


「晃くんも
 そういうのまめに見てくれそう
 じゃないものね。
 やっぱりバツイチは問題あるじゃない。
 比奈子ちゃんのこと、
 きちんと見てくれるお父さんが
 いいよね?ね?」


 比奈子に同意を求める紗。
 
 結婚する時も反対を押し切って、
 無理やり婿養子として話を進めた。
 
 果歩は、晃は絶対大丈夫と説明したが、
 紗にとって
 未だにその不安は
 拭いきれてなかったようだ。


「ちょっと、晃のこと、
 そんなふうに言わないで。
 ば、バツイチとか関係ないから。」

 人生の中で配役っというものは
 変わるのだろうか。
 果歩にとって、お姑との関わりが
 ほとんどないが、実母の紗は
 ちょいちょい棘のあるチクチク言葉を
 発することが多い。

 いくら婿養子とも言えど、別居生活で
 本当に良かったと心から思う。

「実際、病院とか連れて行けて
 ないんじゃないの?
 声が出せないとか話せないとかって、
 精神的なものでしょう。
 晃くんに原因あるんじゃないの?」

「……完全に関係ないとは言い切れないけど
 体は元気だし、大丈夫だよ。
 ね、比奈子。」

 ヒヤヒヤドキドキしながら、比奈子は
 黙って頷いた。

「本当かしら。
 無理してんじゃないの?
 比奈子ちゃん。
 本当のこと言って良いんだよ?
 もし、辛いなら、ばあばといっしょに
 住もうか?」

「おかあさん!!
 余計なこと言わないで。」

 激昂する果歩。

 比奈子は後退りした。


「なに、大声出してんのよ。
 ここ、病院よ?
 場をわきまえなさい!!」

 急に小さな子どもに叱るように騒ぐ紗。

 果歩は下唇を噛んで、
 お見舞いのことよりも
 何よりもこの場からいなくなることが
 優先したいと
 入院病棟から外来病棟の待合室へ
 比奈子とともに
 小走りに立ち去った。


「何だっていうの!?
 お見舞いに来いって言って、
 あの言い方。
 久しぶりに会ったんだから
 他に言うことあるでしょうが。」

 立ち止まり、息を荒くして、
 肩で呼吸した。

 比奈子はまぁまぁと落ち着かせるように
 果歩の背中を撫でた。

 気持ちを落ち着かせようと
 待合室のベンチに座った。
 比奈子も静かに果歩の隣に座った。


 すると、廊下を歩いていた男性に
 声をかけられた。


「おー、来てたのか。
 誰かと思ったら。」


 7歳年上の果歩の兄、
 小松大輔《こまつだいすけ》。
 両親から長男ということもあり、
 甘やかされて育ってきた。
 何をするにも注意をされるのは
 妹の果歩の方。

 結婚のことも兄の方が早かったが、
 比べられて、早く結婚して、孫を見せろと
 急かされて、今に至るが、
 状況は兄よりもあまりよろしくない。

 後ろから
 甥っ子の小松 琥太郎(こまつこたろう)
 かけてくる。
 兄の嫁の
 小松 響子(こまつきょうこ)
 ゆっくりと歩いてきた。
 兄は
 会社経営をしているだけあって、
 家族全員よそゆきな格好で
 綺麗にしていた。


 仕草も全然違うことに劣等感を感じる。

 優秀で高学歴、高身長な兄で
 イライラが募る。

「あ、響子さんもいらしていたんですね。
 お久しぶりです。」

「あら、果歩さん。
 お久しぶりね。
 元気にしていたようで何よりだわ。
 おばあちゃんが 
 けがをしたと聞いて
 駆けつけたところなのよ。」

「そうだよ。
 病室行ってきたんだろ?」

「そう。大丈夫じゃないかな。
 想像よりおばあちゃん元気そうよ。」

「そっか。
 それは良かった。
 あれ、比奈子ちゃんだろ。
 なんだ、恥ずかしいのか?」

 大輔は、果歩の後ろに隠れる比奈子を
 気に掛けた。

「そうそう。
 恥ずかしがり屋なの。
 琥太郎くんは元気ね。
 知らないおじいさんに声かけて…。」

 琥太郎はあまりにも社交的で
 暇になれば、周りの人に
 次々と声をかけては
 話して遊んでいた。

「ねぇねぇ、それ、杖でしょう。
 魔法使えるの?」

「坊や、これはステッキと言って、
 歩く時の支えになるんじゃ。」

「ちょっと貸して。」

おじいさんの話を聞いてない琥太郎は
勝手に座っていたおじいさんの杖を
振り回した。

「あ、おい!ダメだろ。
 響子、注意しろよ。」

 大輔は響子に声をかけて、
 動こうとしない。

 琥太郎の自由な動きには
 響子もかなり困っていた。

「手のかかるお子様ですこと…。」

果歩はボソッと嫌味を言ってやった。

「聞こえてるぞ。」

大輔は果歩の横で話す。

「手のかかる子は頭が良いってことだよ。
 俺みたいにな。
 好奇心旺盛と言ってくれ。」


「というか、おじいさんが使う杖で
 魔法使えるとか思ってる時点で
 間違ってると思うけど…。
 指導した方いいじゃない?」

「うっせーよ。

 ほら、行くぞ。
 響子、琥太郎!!」

 大輔は顔を赤くして、スーツのポケットに
 手を入れて、病室に向かう。

 少し、その姿を見て、果歩は安心した。

 子育ては、いくら頭の良いご家庭でも
 色々大変なんだなと感じた。

「響子さん、また年末に
 会いましょう。」

「そうね、それまでお互いに
 元気でいましょうね。
 色々子育てで大変ですけど…。」

 果歩は、比奈子と会釈して立ち去った。

 響子は、琥太郎の手をしっかりつかんで
 大輔の後を追った。

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