隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています
14.別の方法を考えます
アルバートの彼氏面をやめさせようと、距離を取ってみたが、無理そうだという結論に達した。アルバートがどんどん元気がなくなるし、私も心が痛む。
「じゃあさ、アルバートの目を他に向けさせよう作戦はどう?」
マルクス殿下の一件以来、真奈美様とはさらに打ち解けることができた。今日は聖女のお勤め時に着用する衣服を真奈美様に持ってきたのだ。
真奈美様は私のお下がりでいいと言ってきたのだが、さすがにそれは失礼かと思って、私が用意させて貰ったのだ。無地のワンピースで、裾丈も真奈美様のスカートに比べればかなり長いものだ。ただ、真奈美様が裾を踏んで転けないようにと、私が着用するものよりは少し短めで仕立ててある。
「他に目を向けさせよう……つまり、アルバートに素敵な令嬢を紹介するということでしょうか」
今までも、見合いは何件もしてきた。だが、アルバートはことごとく断っているのだ。上手くいくのだろうか。
「そうそう。合コンしよう」
「ごうこん……」
「この世界って、貴族の屋敷で舞踏会とかあるんでしょ? それに参加すれば、たくさんの女子と出会えるじゃん。つまり合コンでしょ」
たくさんの令嬢と出会えるのがごうこん、というものならば、まぁ舞踏会はごうこんなのだろう。確かに、一対一のお見合いよりはいろんな人に出会えるし、惹かれる令嬢に出会う確率も増すだろう。
「ですが、それには問題があるのです。アルバートは舞踏会に行きたがらないのです。唯一、わたくしが出席した数回だけは参加しましたが」
「マジで……本当に筋金入りね、あいつ」
真奈美様の眉間にしわが寄った。可愛らしい顔が台無しだ。
「なら、あたしも興味あるからさ、クリスティーナも一緒に舞踏会行こうよ。お互い彼氏もいないんだし、いい男捕まえよ!」
「わ、わたくしもですか?」
「そりゃそうよ。恋愛って楽しいじゃん。もちろん、つらいこともあるけどさ。あたしたち、まだ十九歳なんだよ。あたしは異世界から来ちゃって珍獣扱いだし、クリスティーナは婚約破棄されちゃったかもだけど、恋愛したって良いと思うんだよね」
恋愛、か。
親に決められた相手と結婚するのが当たり前だったから、真奈美様の考えは本当に驚く。でも……好きになった相手と結婚できたら、それはきっと、とても幸せなんだろうなと思う。
「それにさ、クリスティーナが彼氏つくったら、アルバートも自分の相手を探し始めるんじゃない?」
「なるほど。それは一理あるかもしれませんわね。わたくしとカイルの婚約が持ち上がったときは、アルバートの態度も少し大人しくなっていましたから」
「でしょ? じゃあ、適当な舞踏会を見繕っといてよ」
「かしこまりました。お任せください」
話が一段落すると、真奈美様は私が持ってきた聖女のお勤め服を手に取った。
「これ、ありがとね。ふふ、なにげに裾がちょっとだけ短い。さりげなく気を遣ってくれるところ、やっぱクリスティーナだよね」
「お気に召していただけましたでしょうか」
「もちろん! じゃあ今日のお祈り行ってくる」
真奈美様は笑顔で手を振って、聖堂の方へと向かっていく。私は見送りつつ、さっそく舞踏会について考え始めるのだった。
***
「クリスティーナ! 舞踏会に行くのか?」
どこで聞きつけたのか、アルバートが私の部屋に駆け込んできた。
「まぁ、勝手に入ってはいけませんと前も言ったでしょう」
「ご、ごめん。でも、急にどうして。あまり興味なさそうだったのに」
「ええと……真奈美様が行ってみたいと仰ったので」
まさかアルバートに、他の令嬢との出会いの場を与えるためとも言えないため、少々誤魔化す。
「ちっ、余計なことを……」
アルバートが舌打ちしつつ、愚痴をこぼす。
「余計なことではないわ。それよりも、近日中だと七通の招待状が来ているのだけど、どなたの招待を受けるべきかしら」
七通、テーブルに並べる。
「わたくしは、これか、これが良いかと思うのだけれど」
「……ダメ。どっちも息子達がクリスティーナに気がある」
アルバートは嫌そうに二通の招待状をテーブルの中央から端に追いやってしまった。
「何を心配しているのか分からないけれど、両家のご子息達は皆、婚約者がいるわ。アルバートの思い込みじゃないかしら」
「思い込みじゃないけど、とにかくダメ。この中だったら……まぁ、強いていえばこれかな」
アルバートに差し出された招待状を受け取る。
「モントーレ伯爵家の舞踏会ね。真奈美様は初めてだし、王家や公爵家の舞踏会より気楽に参加できて良さそうだわ」
それに、モントーレ家には美人三姉妹と噂の令嬢達がいらっしゃるはず。三姉妹じゃなくとも、華やかな三姉妹を中心に大勢の男女が参加するだろう。上手くいけばアルバートが気に入る相手もいるかもしれないし、真奈美様にとっても良い出会いがあるかもしれない。
「あとは、誰にエスコートをお願いするかね」
舞踏会は基本的に男女で参加するものだ。婚約者がいればその人と、居ない場合は親族の誰かにエスコートを頼むのが通例だ。
「聖女だし、王族の誰かに頼んだら?」
「えっ、真奈美様のエスコートはアルバートにしてもらうつもりだったのだけれど」
「なんでだよ! 俺はクリスティーナのエスコートしかしないからな」
「そんな……真奈美様は知り合いが少ないのよ。初めての舞踏会なのだから、知っている相手にエスコートされたほうが安心かと思ったのだけれど」
それと、あくまで私の彼氏面をさせないため、という意味合いもあるけれど。
「嫌だ嫌だ嫌だ。絶対にクリスティーナのエスコートするから!」
鼻息あらくアルバートが詰め寄ってくる。
「ちょっと近いわ、アルバート」
「近寄ってるんだから、当たり前だろ」
するっとアルバートに髪を一房すくい取られた。
アルバートのまとう雰囲気がいつもと違う。目の前に居るのはアルバートなのに、何故か緊張してしまう。
「アルバート?」
「クリスティーナにこうして触れるのは、俺だけの特権になればいいのに」
切なげな口調に引きずられてか、私の胸も何故かキュッと切なくなる。
そして、アルバートは私の髪に口づけを落とした。
「あ、ある、あるばーと……」
アルバートが私をのぞき込んでくる。必死に訴えるような熱っぽい目をして。
決してアルバートに拘束されているわけではない。髪を一房、すくい取られただけだ。それなのに、体が全然動かない。アルバートの視線に縫い止められるかのように、指一本動かせない。
な、なんで? 何かの魔法なの?
「ね、クリスティーナ。俺だけのものでいてよ」
アルバートが少し身を乗り出し、私の耳元でささやいてきた。
ささやきと共に、アルバートの熱い吐息が耳にかかる。まるで火傷したかのように、熱くてたまらない。
「俺以外にエスコートなんてさせないで」
私、いったいどうしたっていうの?
アルバートも、こんな雰囲気を醸し出すことなど、今までなかったのに。可愛くて健気なアルバートはどこに行ってしまったの?
大混乱した私は、訳も分からず「分かったから」と言ってしまった。
「本当? 言質取ったからね。じゃあ舞踏会は俺がクリスティーナをエスコートするってことで!」
さっきの熱っぽい空気がなくなり、いつものアルバートに戻った。
安堵しつつ、私は首を傾げる。あれは何だったのだろうか。私は未だにドキドキしたままの胸を、治まれとばかりにそっと押さえた。