隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています
18.義弟と聖女様は意外と仲が良いのですね…
話は少し巻き戻る。
モントーレ伯爵令嬢であるシンシア様に、私は婚約破棄や聖女をおりたことを、公衆の面前で非難された。私としては、まぁ言われても仕方ないかくらいにしか思っていなかったのだけれど、アルバートと真奈美さまが言い返してくれたのだ。
二人の心遣いは嬉しかった。そして、二人でタッグを組むように私を擁護するのを見て、二人は意外と仲がいいのだなとも気づいた。いつも無関心か、逆にお互いの文句を言っている印象だったから、こんなに息が合うだなんて驚いたのだ。
そして、それ以上に驚いたのは、二人を見て私がちょっともやもやとしてしまったことだ。
大切な弟と、大切な親友の仲が良い。良いことではないか。それなのに、素直に喜べない私は、いったいどうしてしまったのだろう。
自分自身の気持ちに困惑していると、顔見知りの殿方が声をかけてきた。
「やあ、クリスティーナ嬢」
ドーモン公爵家の次男で、彼の妹とは友人だった。今は縁遠くなってしまっていて、向こうは友人だとは思っていないかもしれないけれど。
「サンジェム様、お久しぶりでございます」
「聖女候補になったり、隣国へ嫁がされそうになったり、君も大変だったね」
「いえ、そんなことはありません」
口では謙遜しつつも、本当はこうしていたわりの言葉をもらえて嬉しかった。私だって、非難されたり嘲笑されるよりは、優しい言葉の方が欲しい。
「クリスティーナ嬢、せっかくの舞踏会だ。気分を変えるためにも一曲いかがです?」
サンジェム様が気を遣って、手を差し出してくる。シンシア様の登場で悪くなった雰囲気を気にして誘ってくれたのだろう。そのスマートな行動に、思わず手を重ねそうになってしまった。
手を重ねるのを思いとどまった私の脳裏に、アルバートの姿がよぎる。私としか踊らないし、私にも他の殿方とは躍らせないとごねていたアルバート。ここでダンスを受けるとアルバートは怒るだろうか。
不安に思ってアルバートを見た。すると、まだ真奈美様と一緒になって、私のことを語っていた。息がぴったりで、真奈美様の言葉を受けてさらに生き生きと話し続けている。
「えぇ、喜んで」
気付いたら私はダンスを了承していたのだった。
***
「本日はお誘いいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。まさか来てくれるとは思わなかったから嬉しいよ」
舞踏会の夜から数日たった。
今日はサンジェム様に誘われて、歌劇を観に来ている。サンジェム様が馬車で迎えに来てくれようとしたのだが、真奈美様のところに寄り道したかったため遠慮し、こうして歌劇場前で待ち合わせとなった。
舞踏会はあのあと、シンシア様が逃げるように広間を去っていき、父であるモントーレ伯爵が私のもとに謝りに来るといった事態になってしまった。
私が上手に立ち回れなかったせいで、おおごとになってしまい、かえってモントーレ伯爵にはご迷惑をかけてしまって申し訳ない。
だが、その後は遠巻きに見ていたかつての知人たちが、声をかけてくれたりして、楽しい時間を過ごすことが出来た。どうやら久しぶりすぎて、私に声をかけずらかったのだと言うのだ。それを聞いて、もっと自分からも外に目を向けて、積極的に交流すべきだったのだと反省した。
「わたくしもちょうど屋敷に引きこもってばかりではなく、外へ出て行こうと思っていたのです。ですが、今まで聖女候補として生活していたせいか世間知らずでして……具体的に何をしたら良いのか困っていたのですよ」
「ははっ、なるほどね。そこに俺から誘いが来たと」
「はい」
「じゃあ、俺はクリスティーナ嬢の社会勉強の先生ってとこかな。光栄だね」
「いろいろ教えてくださいますか?」
「もちろんさ」
サンジェム様は穏やかな笑みを浮かべた。
やはり五つ年上なだけあって、包容力というか、大人の余裕のようなものが感じられて安心する。
「ところでクリスティーナ嬢、弟君には今日の外出のことは言ってあるのかい?」
サンジェム様が、何か考えるような仕草をしたかと思うと、アルバートのことを訪ねてきた。
「ええ、お名前までは出していませんが、友人と歌劇を観に行くと言って参りましたわ」
「ほう……だからか」
ちらっとサンジェム様の視線が逸れる。
「そちらに何かありまして?」
私が顔を向けようとすると、サンジェム様がサッと動いて私の視線上に入り込んだ。
「いや、何もないよ。さぁ行こうか」
気にはなりつつも、サンジェム様に促され、歌劇場の入り口へと向かうのだった。
歌劇を観終わり、サンジェム様に屋敷まで送り届けてもらうと、門前にはアルバートが立っていた。彼もどこかへ出かけていたのか、上着を羽織っている。
「クリスティーナ! 無事に帰ってきてよかった。どこぞに連れ込まれでもしていたらと、心配で仕方なかったんだ」
馬車から降りた私を、サンジェム様から奪い取るように抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっとアルバート。恥ずかしいわ」
やんわりと腕に力を込めて距離を取ろうとするも、逆にぎゅうっと抱き込む腕に力が入ってくる。
「こんにちは、アルバート。君の大事な姉様だからね、俺がきっちりエスコートさせてもらったよ」
「クリスティーナは俺がどんなときもエスコートするから、今後のお誘いは無用に願いたい!」
「ははっ、余裕なさすぎだね。俺はあくまで友人として観劇に誘っただけだ。それを非難する権利は弟である君にあるのかな?」
アルバートの威嚇のこもった目線にたじろぐこともなく、サンジェム様は爽やかな笑顔をたたえている。
「ぐっ……でも……」
「クリスティーナ嬢は自立した一人の女性だ。あまり君の都合で振り回すのは感心しないな。今のそれも、クリスティーナ嬢は恥ずかしそうにしているよ?」
「それ?……あっ」
アルバートは私を抱きしめていた腕をパッと離した。
恥ずかしいのもあるが、少し力が強くて苦しかったので助かった。
「アルバート。サンジェム様は親切心で歌劇に誘ってくださったのよ。それなのに、文句のようなことを言わないで。それに、アルバートだって今日はどこかに出かけていたのでしょう? わたくしはあなたがどこへ誰と出掛けたか知らないのだから、アルバートもわたくしのことを細かく詮索するのは公平ではないわ」
「お、俺は……その、誰かと出掛けたとかじゃなくて……だから、行先はクリスティーナに言うようなところじゃないというか」
アルバートがしどろもどろに誤魔化すように言う。
「クリスティーナ嬢、それ以上の追及は可哀そうだから……」
何故かサンジェム様がアルバートの肩を持つようなことを言ってきた。何故なのだろう?
でも、確かにアルバートはさっきまでの勢いは消え去り、叱られた子犬のようになっている。少し言い過ぎただろうか。
「と、とにかく。アルバートもわたくし以外に目を向ける良い頃合いです。わたくしもいつまでアルバートの側にいられるか分からないのですから」
婚約破棄された過去があるとはいえ、公爵令嬢なのだから、いつ何時、また婚約話がもちあがるか分からない。また聖女のお役目を手伝っていたら、危険なことに遭遇する場合もあるだろう。その思いで伝えたのだが、予想以上にアルバートは顔色を悪くしてしまった。
「そ……それは……つまり……そういう、ことなのですね」
アルバートはふらふらとした足取りで、屋敷に入って行った。その絶望を背負ったかのような後姿に、私は首を傾げる。
「わたくし、最近アルバートが何を考えているのか分からないですわ」
「ええと、クリスティーナ嬢。今のはたぶん、かなり誤解をしているんじゃないかな」
「誤解ですか?」
「そう、この状況で今の言い方じゃ、俺と婚約するのかと思っちゃうかなと」
「まさか。一度観劇に誘っていただいただけで、そのような誤解はしないかと思うのですが」
「だ、だよねぇ……俺の気のせいだといいな、うん」
アルバートが予想以上に気落ちしてしまったが、これできっと良いのだ。私が横にいては、いつまでたってもアルバートは自分の幸せを見つけようとしない。私にばかりかまけてしまうから。
きっと私は間違っていた。アルバートを姉離れさせるのではなく、私が弟離れをしなくてはならなかったのだ。
アルバートは優しいから、いつだって私を見守ってくれた。それに甘えていた。私が独りでいるから、アルバートも心配して側に居ようとしてくれるのだ。
だから、私は私で、もっといろんな人と交流をして世界を広げて行こう。私は大丈夫だと、アルバートは自分の幸せを見つけていいんだよと伝わるように。