隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

20.旅立ってしまいました


「へぇ、アルバート君が魔物の討伐隊に志願か」
「はい。相談も無しに勝手に決めて、お父様達が止める隙もありませんでした」

 私はサンジェム様の屋敷にあるバラ園を訪れていた。今が一番綺麗に咲いているから見に来ないかと誘われたのだ。友人だった妹のセイラム様もご一緒の予定で、久しぶりにお会いできると思い、楽しみにしていた。けれど、急に婚約先の家の用事が入り来られなくなってしまったそうだ。残念だけど仕方ない。彼女も結婚式を間近に控えていてお忙しいのだろう。
 結果的にサンジェム様にバラ園を案内してもらい、二人きりでお茶をしていた。

 バラはとても綺麗だ。深紅の花弁は凜々しいし、白い花弁は朝露の結晶のように清らかで。ピンクの小さなバラはとても可愛らしく、見ているだけで微笑んでしまいそう。

 だけれど、心が癒やされるのは一瞬だけ。私はアルバートのこと心配で胸がいっぱいだった。

「アルバートはもともと騎士団から声をかけて頂いていたので、志願したら審査や実技試験などもなく、採用されてしまったのです」
「なるほど。討伐隊は騎士団と志願者で組まれているから、すんなり通ってしまった訳か」
「どうしてアルバートは急に討伐隊に……災害級の魔物にもし出会ってしまったら。いくら強者揃いのエリート集団とはいえ、死んでしまうかもしれないのに」
「そりゃ武功をあげれば、一気に騎士団の上層部に駆け上がれるからじゃないかな。彼は次男だから公爵家を継ぐことはない。じゃあどうやって自分に価値を付けるのか。騎士団に入ればある程度は上っていけるだろうけど、時間がかかるだろう?」

 サンジェム様の説明してくれる意味は分かる。出世の糸口なのだと。でも、何故急に? アルバートは出世欲など見せたことは一度もない。むしろ、私と居る時間が減るからと騎士団の誘いも断っていたくらいだ。(もちろん、断る理由を知ったときは叱ったけれども)

「心配…………いえ、きっと私が心細いのです。アルバートがこの世から消えてしまうかもしれないと思うと、怖くて、怖くて……」

 聖女候補として鍛錬しているときは、何日も離れていることはあった。それに、隣国へ赴くときは今生の別れかもしれないと覚悟した。寂しいけれど、ちゃんと受け入れられていたのに。あえなくとも彼は生きていると信じられているから。でも、今回ばかりは彼の命がなくなるかもしれない。そう思うとぞっとするのだ。

「クリスティーナ嬢。もしかして、あまり眠れてないのかい。少しくまが出来ている」
「心配でなかなか眠れず。やっと眠れたと思ったら悪夢で飛び起きてしまうのです」

 毎晩、アルバートが斬新な死に方をする夢を見るのだ。昨日など、魔物におかしな術を掛けられて操り人形になってしまい、踊りながら谷底へ落ちるという、もう恐怖しか無い展開だった。
 人間を操るような魔物など聞いたことないと言うのに、心労がたまりすぎて私はおかしくなってしまったのかもしれない。

「……クリスティーナ嬢は、アルバート君がとても大事なんだね」
「えぇ、もちろんですわ」
「そっか……せっかくセイラムも協力してくれたのに、これはお手上げだな」

 急にセイラム様の名前が出てきて、首を傾げる。今の会話の流れに、どうしてセイラム様が関係あるのだろうか。

「あ、あの、何故セイラム様が――――」
「なんでもないよ、気にしないで。それよりクリスティーナ嬢はこれからどうするんだい?」

 いささか強引な話題転換にも思えたが、サンジェム様の問いかけの内容に意識が向く。

「どう、と言われましても。わたくしに出来ることはありませんわ」
「何もしなくて後悔しない? 君にとってのアルバート君はその程度の存在なの?」
「ち、違いますわ! わたくしにとって、アルバートは……」

 アルバートは、何なのだろう。

「君にとって、一番大事な人なんじゃないの?」
「もちろんですわ。誰よりも大事で、幸せになって貰いたくて。本当はわたくしの隣にいてほしいけれど、それではいけないから、必死で手を離そうと思っていたのです。でも、こんな形で離れて欲しかったわけじゃない。素敵な令嬢と、幸せな結婚をして、あたたかな日々を過ごして欲しかっただけなのに」
「本当に? 彼を幸せにするのは、他の令嬢でいいの?」

 サンジェム様がじっと見つめてくる。

「な……なにを、おっしゃるの? 当たり前です。血のつながりはないとはいえ、弟です。ずっと可愛がってきた、大事な家族なんです」
「うん。そうだね。でも、今自分で言ったじゃないか。必死で手を離そうと思っていたって。逆に言えば、本音は手を離したくないってことだろう? 家族としてだけではなく、一人の女性として彼の隣に立とうとは思わないの?」

 サンジェム様の口調は穏やかだ。それなのに、どんどん窮地に追い込まれていくような気がする。何か、自分の心の奥底を開かれそうな、そんな恐怖に襲われる。

「ですが、わたくしはアルバートのことをずっと、可愛い弟だと思ってきて。殿方だとは……」

 殿方だとは思えない、と言おうとした。でも、最後まで言えなかった。だって、アルバートがたまにいつもと違って見えたことがあったから。アルバートの仕草に、言葉に、翻弄されてしまったから。

 じゃあ、私はアルバートをそういう、愛や恋といった対象として見ているの?

 分からない。これが恋なのかどうか。
 愛はあるけれど、家族愛なのではないか。

 分からない。だって、恋などしたことがなかったから。

「わたくし、ずっと聖女候補として結界を維持したり、魔物と対峙したりしておりました。毎日が忙しくて、充実もしておりましたが、恋愛というものには無縁でして。聖女から解放されたらされたで、隣国王子との婚約話が出てきて、隣国へ嫁ぐのだから他の方に興味を抱いてはいけないと思って過ごして参りました」

 聖女候補時代は、恋などしている暇はなく。
 隣国王子との婚約話が持ち上がれば、当然、婚約者に恋心も捧げるつもりでいた。結果的に、捧げることなく終わったけれど。

 だから、アルバートも含めて、誰かを恋愛の対象として見たことがなかったし、見てはいけないと思っていたのだ。その反動か、今の私は恋心というものがよく分からない。

「クリスティーナ嬢は、とても真っ直ぐだね。俺にはちょっとまぶしすぎるな」

 サンジェム様が、ふうっと息をついた。

「そんなことありませんわ。未熟者ゆえ、ささいなことで怒ったり妬んだりしますもの」
「信じられないな。例えばどんなこと?」
「えぇと、最近でしたら……あ、舞踏会のときにありましたわ。アルバートと聖女の真奈美様がとても仲が良さそうだったので、もやもやしてしまいましたの」
「……へ、へぇ(完全に嫉妬してるのに、まだ好きだと気づけないなんて。それは恋だと言ってやりたいけど、これ以上彼に対してアシストしてやるのも癪だし)もやもやするねぇ」
「はい、もやもやしてしまいましたの」


 こうして、サンジェム様とのお茶の時間は過ぎていった。

 サンジェム様はとても聞き上手で、気づけばアルバートのことをたくさん話してしまった。
 自分の中の、まとまりきってない感情と向き合うことは正直まだ怖い。でも、サンジェム様と話したことで、向き合うきっかけになったような気がする。

 私はアルバートをどう思っているのだろう。
 アルバートとどうなりたいのだろう。
 アルバートにどうなってほしいのだろう。

 アルバートへの気持ちが恋愛と呼べるものなのか、残念ながら今の私には判断が出来ない。それでも、家族愛かもしれなくても、とても大事で、愛おしくて、心配でたまらないのはアルバートなのだ。


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