隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています
23.さらわれましたが……
「わぁ! また来た、クリスティーナ殿、また来たぞ!」
「分かっております。少し黙っていてください、カイル様」
私はカイルにさらわれた……はずなのだが、結局なぜかカイルを守るように魔物を退治する羽目に陥っていた。
カイルに担がれて、アルバート達からどんどん離れて、国境をも越えてしまった。魔法が使えないと、こんなにも無力なのかと悲しかった。そして、マルシェヴァ帝国の結界内に入ったのだが、やはり国王様の体調が万全ではないのか隙間から小さな魔物が入ってくるようだった。
暴れても体力を使うだけなので、大人しくカイルに運ばれていた。少しでも魔法が使えるまでに回復すれば、何とか逃げられるだろうと思ったからだ。でも、それは甘かった。
何故かというと、魔物が私達をめがけて襲ってくるのだ。カイルを守りたいわけではないのだが、一緒に居るところを襲われているので、結果的にカイルを護衛するかのような状態になっていた。
「まるで、さきほどのイシュリア王国の国境みたいですわ」
退治してもどんどん寄ってくる状況がそっくりだ。
ん? まさか……ね。
でも、イシュリア王国の国境にいて、今もここにいるのって、彼しかいない。
「カイル様! もしや、あなたが魔物を引き寄せているのではないですか?」
「わたしが? よしてくれ」
「ですが、カイル様しか考えられません。こうして今も魔物が襲ってくるのが答えではありませんか」
「……わたしは知らない」
微妙な沈黙が、何かを隠していると白状しているようなものだ。
「正直に仰ってください! でないと、カイル様を置き去りにして、わたくし一人でここを突っ切ってしまいますよ。それでもいいのですか」
「だ、だめだ! それは困る」
「でしたら白状なさい!」
もうやけくそだ。子どもを叱るように、怒鳴ってしまった。
「じ、じつは、魔力を得たくて…………魔物の卵を食べた」
「……は?!」
魔物の卵を食べた???
魔物の卵を食べると魔力を得られるなど迷信だ。魔物の種類にもよるだろうが、下手をしたら死ぬ。よく生きているな、この人。
「お体はなんともないのですか?」
「数日間、死ぬほど腹痛に見舞われたが、何とか生きている」
カイルの執念には驚かされる。闇ルートでは魔物の卵も取引されていると聞く。もちろんとても高額らしいが。カイルは王族時代の宝飾品と引き換えにでもしたのだろう。でも、そこまでして権力を取り戻したいのだろうか。
「命があるのが奇跡です。下手をすれば死んでいましたよ。ですが……この状況にも納得いたしました。襲ってくるのは同じ種類の魔物です。カイル様が食べたのは、彼らの群れの卵だったのでしょう。きっと臭いがまだ残っているのだと思います」
カイルがいる限り、魔物は寄ってくる。でも、私にはぎりぎり魔物を蹴散らす力しか戻ってはいない。
唯一の救いは、カイルが原因なのだから、イシュリア王国にはもう魔物が入ってはいないということだ。
「くっ……数が、減りませんわね」
弱音を吐きたくはないが、もう限界が近い。やはり魔力は空になるまで使ってはいけないなと心底思った。少し回復しても、魔物から身を守るために使ってすぐになくなってしまう。
「クリスティーナ殿、後ろ!」
「えっ?!」
疲れからか、魔物の気配に気付くのが遅れた。カイルの声で振り向くと、もう目の前に大きな牙が見えた。
――――ダメ、間に合わない
噛みつかれる恐怖に目を瞑る。
でも、一向に痛みはやってこない。
それどころか、安心するぬくもりに抱きしめられていた。
慣れ親しんだ香り、あたたかな腕、走ってきたのが分かる荒い息遣い。
「アルバート?」
私は震える声で名前を呼んだ。
「クリスティーナ、間に合って良かった」
「アルバート……怖かった」
「うん。怖かったな。でももう大丈夫だから。俺が、守るから」
顔を上げると、アルバートが泣きそうな、でもほっとしたような、そんな顔で私を見ていた。
「アルバート」
私はいろんな感情がぐちゃぐちゃになって、名前を呼ぶことしか出来ない。
助かった安堵はもちろんある。でも、それ以上に、アルバートが無事で、私の前にいることに安堵した。
そして、今までで一番、アルバートが頼もしくて、そんなアルバートに抱きしめられていることが気恥ずかしくて、でも、私を心配して探して駆けつけてくれたことが嬉しくて…………とにかく感情が迷子だ。
こんな風に、颯爽と助けにくるだなんてずるい。
もう、可愛い弟だなんて思えなくなってしまったではないか。
「クリスティーナ、イシュリア王国の国境はもう大丈夫だ。だけど、こっちはまだ魔物がすごいな」
私はハッと我に返る。
「アルバート、原因はカイル様だったの。彼が魔物の卵を食べたせいで、魔物が寄ってきているみたい」
「嘘だろ?! なんで生きてるんだ、あいつ」
「それはわたくしも思ったけれど。悪運がお強いのよ、きっと」
「あー、くそっ。あんなやつのために、イシュリア王国が魔物に襲われていたかと思うと、ぼこぼこに殴り倒したくなるな」
「同感だけれど、やはりちゃんと罪を裁かれるべきだと思うわ。だからアルバート、あなたの魔力を少し分けてもらえないかしら」
「どうするんだよ」
「カイル様を防御の結界でくるむわ」
結界でくるんでしまえば、魔物も臭いが分からなくて襲うことはないはずだから。
「……仕方ない。分かったよ」
アルバートは私の手を取ると、ゆっくりと力を流してくれた。一気に渡さずに、少しずつの量を渡してくれる配慮に、優しいなと胸が温かくなる。
「ありがとう、アルバート。では、さっさとカイル様をくるんでしまうわね」
臭いものには蓋を、と異世界では言うらしい。真奈美様がいつだったか言っていた。この言葉はきっと今使うべき言葉だろうなと、ふと思いつつ、私はカイルを結界で包んだのだった。