隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

4.帰国の挨拶をしますわ



 ステフに先導されながら、城内を歩く。庭園に入り進んでいくと、白いアーチの東屋の下でブランチを楽しむカイル殿下がいた。でも、一人ではない。隣に女性が座っていた。

「あっ……エリー様」

 思わずといったようすで、ステフがつぶやいた。

 なるほど、あの女性がカイル殿下のお相手であるエリー様か。遠目にも仲の良さが伝わってくる。べったりと横に張り付き、あーんと何かを食べさせあっている。

「クリスティーナ、あれが例の相手?」

 アルバートから歯ぎしりが聞こえて、慌てて見上げると、余所様には見せられない恐ろしい顔を浮かべていた。
 私だって婚約破棄をした相手、しかも原因となる恋人と一緒の姿に、何も思わないといったら嘘になる。そこまで心を託した相手が居るのなら、そもそも婚約話を受けないでもらいたかったと。準備した手間や、移動した距離などを考えると、腹立たしいものはある。
 まぁ最終的には苛立ちよりも、彼と結婚しなくて良いのだという安堵が勝つのだけれど。

 でも、アルバートは少々憎しみの感情が剥き出しすぎるような気がするのだが。

「アルバート、落ち着いて。帰国の挨拶をするだけなのだから」

 ぽんっと軽く肩を叩くと、アルバートの怒りも少し治まったようだ。

 挨拶をしてすぐ戻るからと、その場で待つようにアルバートに言い聞かせ、私はカイル殿下達のいる東屋へと向かう。



「歓談中、申し訳ありません。少しお時間よろしいでしょうか」

 私が声をかけると、エリー様が敵意の籠もった目で睨み付けてきた。いや、逆では?と思いつつ、きっと彼女も不安なのだろうと思うことにした。

「クリスティーナ殿。話はもう昨夜で終わったはずです。あなたも往生際が悪いですね」

 カイル殿下は私がまだすがろうとしていると勘違いしているのか、優越感にみちた表情だった。

「いえ、違いま――」

 私が口を開こうとすると、邪魔をするかのようにエリー様が声をあげた。

「私とカイル殿下は愛し合ってるの! 邪魔者はさっさと消えて」

 まるで子どもの癇癪のようだ。こちらの言葉を聞こうともせずに、自分の言いたいことだけを叫ぶとは。
 本当に彼女が聖母のような素晴らしい女性なのだろうか。カイル殿下の語っていた女性と、目の前のエリー様がまったく一致しない。見た目に関しては好みもあるだろうからとやかく言いたくはないが、濃い化粧に胸元を強調したドレス。夜会での姿なら分かるが、日中にしては少々艶やか過ぎる。

「エリーの言うとおりだ。国境までの護衛は出すから、さっさと国に帰るといい」

 国境までとはケチくさいことを言う。まぁ、帝国民がイシュリア王国に入ったら、捕まってしまうかもしれないけれど。だって、私の父は軍にも顔が利くから。
 だが、どんな形であれカイル殿下に借りは作りたくなかった。

「護衛には及びませんわ。迎えが来ておりますの」

 仕方ないと、私はアルバートを手招きする。すると、飼い主に呼ばれた犬のような素早さで私のもとへ駆けてきた。

「まぁ、かっこいい」

 アルバートを見た瞬間、エリー様がつぶやいた。仮にも恋人の目の前で言ってもいいのだろうか。カイル殿下がぎょっとした顔でエリー様を見ているけれど。

「え、ええと、彼は?」

 カイル殿下が口元を引きつらせながら問いかけてきた。

「わたくしの弟ですの」

「その割には、距離が近くないか?」

 カイル殿下の疑問は当然だろう。何故ならば、私の横にただ立っていればいいものを、ぴったりと寄り添い、あまつさえ私の腰に手を回しているのだから。まるで恋人のような距離感である。

「申し訳ありません。いつものことですからお気になさらず」

「本当は弟なんかじゃないんだろう。仮にもわたしと婚約しようとしていたくせに、そのような相手がいるとは不愉快だ」

 開いた口が塞がらない。カイル殿下にそのまんまお返ししたい言葉である。

「姉離れ出来ていないだけで、本当に弟ですわ。こんなこと嘘をついても調べたらすぐに分かってしまいます。それに、もう婚約は破棄されたのですから、あなた様にとやかく言われる筋合いもないかと」

 にっこりと笑みを浮かべて言い返す。すると、思わぬ反応が……

「えっ!!!!」

 耳元でアルバートが叫んだ。

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