隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

5.義弟が暴走しはじめました


「どうしたの、アルバート。急に大声を出すなんて驚くではないの」

 耳を押さえながらアルバートを見上げる。すると、心底びっくりしていますといった表情を浮かべていた。

「クリスティーナ、婚約破棄って?」

 アルバートの声が震えている。

「婚約破棄されたから迎えに来てって、伝言鳩を送ったじゃない。それを聞いて迎えに来てくれたんでしょう? いったいアルバートは何を驚いているの」

「伝言鳩……あぁ、うん、そ、そうだった。えっと、クリスティーナから連絡がきたことに驚いて、すぐさま来ちゃったんだ」

 アルバートの視線がせわしなく動いている。

「内容も聞かずに?」

 無事に到着しましたというただの連絡だったらどうするのだ。その場合、何も事件が起こっていないのに連れ帰ろうとしていたってこと? そもそも、この慌て具合を見るに、伝言鳩の存在すら知らないかもしれない。

「アルバート?」

 私は動揺を隠せていないアルバートを睨みあげる。

「はわわ、上目遣い、尊い……」

 何か聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がする。小声だったから、隣にいる私以外には聞こえていないだろうけど。

「アルバート、正直に言いなさい。あなたは何をしにここへ来たの?」

「うぐっ……そ、それは…………、クリスティーナの貞操を守りに」

「て、貞操って。そもそも今回は婚約の段階であって、正式な婚姻は早くて半年後の予定だったでしょう? そ、そんな婚約パーティーの夜に、そのようなことは起こりません!」

 アルバートが変な心配をしていたと知り、恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。

「赤くなってるクリスティーナ、可愛い」

 すっとアルバートの手が私の頬に伸びてきたので、ペチンとはたき落とす。

「むやみに人前で顔に触らないって約束したでしょ」

「そんな顔をするクリスティーナが悪い」

 そんな顔って、どんな顔だろうか。触りたくなる顔とか意味が分からないのだけれど。

「はぁ、まったくアルバートったら」

 アルバートのスキンシップは幼少時からまったく変わらない。いや、むしろ大きくなってからの方が激しいかもしれない。人前でもこの調子なので、せっかく令嬢がアルバートに声をかけたそうにしていても、結局そのまま去ってしまう。きっと、子どもっぽいと呆れられてしまっているのだろう。

 聖女候補として忙しくしていたから、会えるときはどうしても甘やかしてしまっていた。それがどうもいけなかったらしい。

「や、やっぱり君たちは恋人同士なんだろ! これは我が国に対する侮辱だ」

 カイル殿下も意味不明なことを言いだした。男どもはちょっと冷静になってほしいものだ。

「まったくですわ! このような素敵な殿方を側に置き、なおかつカイル殿下をも毒牙に掛けようなどと、この悪女め!」

 いや、男どもだけではなかった。エリー様もどうか落ち着いて欲しい。

「クリスティーナを悪女呼ばわりとは何事だ! クリスティーナはな、聖女よりも聖女らしい、至高の存在なんだ。よその国にやるなど言語道断!」

 鼻息荒くアルバートが言い返す。

「聖女よりも聖女らしい? だが結局は聖女をクビになったではないか。所詮その程度の女だ」

 カイル殿下が鼻で笑う。

「そうですわ! 用無しで国を追い出されたうえ、婚約も破棄とか、なんて可哀想な人なんでしょう」

 カイル殿下にしなだれかかるような状態のエリー様。

 アルバートのこめかみがぴくっと引きつった。それがスタート合図とばかりに、アルバートが怒濤の反論をし始める。

「お前達は全然分かってない。クリスティーナはどんな困難にも負けずに立ち上がる、強い心を持っている。聖女でもないのに、頼まれたからには聖女の役目を全うしようとどれだけの努力を重ねてきたか。俺はずっと側で見て来たから分かる。他の令嬢がのんきにお茶会を開いているときにも、ずっと聖女候補として鍛錬を積んでいたんだ。甘ったるい令嬢たちの香水より、クリスティーナの鍛錬でかいた汗の臭いのほうがどれだけ芳しいか!」

「やめて! ねぇ汗の臭いとか嗅いでたの? 知りたくなかった!」

 私は頭を抱えた。
 なんてことだ。ちょいちょい漏れ出してはいたが、アルバートの後方彼氏面が激しく出てしまっている。

 異世界からやってきた聖女さまがあるときアルバートを見て、呆れた様子で『弟のくせに後方彼氏面うざっ』と言っていたのだ。言葉の意味が分からず尋ねたら、恋人でもないのに恋人のように何でも知ってるし分かってるよという態度を取ることらしい。
 そう、まさにアルバートなのだ。

「大丈夫だよ。クリスティーナの汗は薔薇の香りだ」

 にっこりと笑みを浮かべて言われたけれど、何がどう大丈夫なのだ。そもそも薔薇の香りの汗など出るわけがなかろうに。アルバートの嗅覚が心配になってきた。国に帰ったら医者を呼んで見て貰った方がいいかもしれない。

「クリスティーナが魔法を使う瞬間の、凛とした表情が俺は大好きなんだ。そして、魔法の残り香でその時の調子の良し悪しが俺には分かる」

 もしかしてアルバートは臭いフェチなのだろうか。いろんな臭いを嗅がれていたのかと思うと、恥ずかしくてたまらないのだが。

「毎日忙しくて疲れていても、クリスティーナは肌や髪の手入れは欠かさない。このもち肌は最高なんだ、吸い付くようなきめ細かさがたまらない。髪は艶やかでパサつきもなく、何度でもキスしたいし、頬ずりしたい。こんな素晴らしい女性を手放すなんて、殿下は大馬鹿者ですね。俺があなたの立場なら絶対に手放さない。手に入るのなら俺は何だって出来る」

「だ、だからどうしたっていうんだ。わたしにとってはエリーこそがすべて。エリーさえいれば、どんな困難だって乗り越えられる」

 アルバートの勢いに押されていたカイル殿下が、我に返ったように言い返してきた。

「へぇ、どんな困難もね。ならクリスティーナも心置きなくイシュリア王国に帰れるね」

 アルバートに同意を求められ、思わずうなづく。

「そ、そうね。まぁ婚約破棄されたのだし、帰るしか選択肢もないのだけれど」

「帰れ、帰れ! カイル殿下には私が居るんだから、あなたなんて不要よ」

 エリー様が子どものように、茶々を入れてくる。
 あれ、本当にこの方は淑女なのかしら?

 私が内心首をひねっていると、ぞわっと嫌な気配が襲ってきた。これは魔物の気配だ。それも、かなり強力な部類である。
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