隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

7.帰国しますわ


 魔物の退治後、アルバートが引っ付いてくる。

「アルバート、ちょっと離れて。国王様の様子を見に行かなくては」

 アルバートの顎を押し返しつつ、国王の身を案じていると、杖をつく音が聞こえた。

「クリスティーナ殿、心配させてしまい申し訳ない。先ほど転んでしまってね、一瞬だが結界にほころびが出てしまった」

 宰相に支えられて登場したのは、病に伏せっている国王だった。魔物の侵入を許してしまったから、被害を抑えるために無理してここまで来たのだろう。

「無理をしてはいけませんわ。もうわたくしが魔物は退治しましたので、どうか体を休めてください」

「いや、そういうわけにはいかない。あなたに対して、とても失礼なことをした。愚息が一方的に婚約破棄を言いだしたことを、昨日は伏せっていて今朝報告を受けたんだ。本当に申し訳ない。謝罪したくて起き出したんだが、不注意で転んでしまって」

 王家の独裁政治というと、悪い印象を持ちがちだが、上に立つものが聡明ならば国も栄える。この国王が健康なときは歯車もかみ合って国は栄えていたのだ。
 だが、病に伏せるようになり、息子のカイル殿下が政に口を出すようになると迷走し始めた。それを持ち直そうと、国王がこの婚約話を取り付けてきたのだった。

 だが、婚約はそのカイル殿下によって壊されたのだが。

「わたくしといたしましても、国王様のご期待に添えず申し訳ないと思っております。ですが、カイル殿下より婚約を破棄された以上、貴国とのご縁はなかったものと考えております」

「そ、そうか。いや、考え直してくれと、わたしの口からはとても言えない。わざわざご足労願った挙げ句、嫌な思いをさせ、さらには魔物退治までさせたのだから」

「父上! 魔物の対抗策としての婚約ならば、そういってくだされば良かったのに」

 カイル殿下が父王に文句のように告げた。

「馬鹿者が! 何度も説明しただろう。それをエリーを横に置いて適当に聞き流していたのはそなたではないか。もう、我慢ならん。そなたは廃嫡だ! 次の王にふさわしくない」

 興奮して国王の息がぜいぜいと切れている。大丈夫だろうかと心配になる。

「父上! そんな、わたしが王位に就かなければ誰がこの国をになうのです? 兄弟はいませんし、従兄弟にしてもまだ幼いものばかりです」

「だからどうした。そなたは結界を張れるほどの魔法はないから、妃に結界を張れるものをと考えてこの婚約をまとめたというのに。それをぶち壊したんだぞ、恥を知れ。百歩譲って、そなたが心を入れ替えて、この国の結界を張れる者を見つけてくれば考え直してやらんこともない。だが、連れてこなければ、血縁があろうとなかろうと、わたしがふさわしいと思った人物に譲位する。これはもう決定事項だ!」

 言い切ると、国王はふらっと倒れそうになる。慌てて宰相が支えて転倒は免れたが。

「あ、あの、お体に障りますから国王様を早くお部屋へ」

 私は宰相を促した。
 宰相も国王が心配なのか、頭を下げて国王を部屋へと連れて行く。だが、去り際にわざわざ振り返りアルバートを見た。何か気になることでもあったのだろうか。

 残されたのは私とアルバートと、廃嫡されたカイル殿下とエリー様になった。
 気まずい沈黙が満ちるが、それを打ち破ったのはアルバートだった。

「じゃあクリスティーナ。魔物も退治したし、国王からの謝罪も貰ったし、帰ろうか」

 そっと私の手を取り、腰に手を回してエスコートしてくる。
 まぁ、もともと帰国の挨拶をしにきたのだしと思い、素直にアルバートのエスコートに従おうとした。

「待て、いや、待ってください!」

 止めてきたのはカイル殿下だった。

「何でしょう?」

「わたしが悪かった。お願いだからわたしと婚約してくれないだろうか」

「え、カイル殿下!? 私のことはどうなるのです?」

 カイル殿下の私への婚約の申し出に、エリー様がすがりついている。

「エリー、君のことは愛している。けれど、国のためには彼女が必要なんだ。だから愛人として側にいてくれないだろうか。妃として彼女を娶れば、国王になれる。君には贅沢な暮らしをいままで通りさせてあげられる」

「それなら……えぇ、それなら喜んで愛人になります!」

 目の前の二人の会話に唖然としてしまう。
 何を聞かされているのだろうか。

 カイル殿下は自己保身のためだけに、私に婚約を迫ってくる。そして、エリー様はあれだけ妃にこだわっていたくせに、贅沢な暮らしを約束された途端に愛人で構わないなどと言い始めた。

「呆れたわ……」

 思わずため息交じりに言葉がこぼれてしまった。

 こんな人たちが国を導く地位にいてはいけない。この婚約話が来たときは、隣国の人たちのためになると思って、妃になろうと婚約することにしたのだ。だが、もしこの婚約を受け直せば、こんな自分たちのことしか考えていない人が王になる。そんなの言語道断だ。

 それに、もう婚約破棄を承諾しているし。その時点で、婚約しようという気概も失せている。

 国王の決心は本物だった。カイル殿下が心を入れ替えない限り、きっと王位を譲ることはないだろう。つまり、国のために能力のある者に、国王が認めた人物が次の王になるのだ。ならば、その方がこの国の人たちのためにも絶対に良い。

「カイル殿下。申し訳ありませんが、もう婚約破棄は成されています」

「そ、そこをなんとか、考え直してくれ!」

「わたくしも昨夜、考え直すように申し上げましたが? それでも婚約破棄をしたいとおっしゃったのはカイル殿下です。今さら縋られても困ります」

「そうだそうだ。あんたにクリスティーナはもったいないんだよ! 指くわえて悔しがってればいい」

「こら、アルバート。そういうこと言わないの」

 今度こそ去ろうと一歩踏み出すと、またしても再び止めてくる声が。

「待ってよ、それじゃ私の贅沢な暮らしはどうなるの?」

 知らんがな。
 もう口を開くのもアホらしく思え、私はそのまま歩き出す。
 そして、その場にはただの人となったカイルと、その愛人が取り残されたのだった。



***

 帰りの馬車の中、アルバートがぴったりと寄り添ってきて離れない。

「アルバート。後方彼氏面とやらが悪化しているのではなくて?」

「あぁ、それなんだけど。聖女様に聞いたら、もはや俺は『後方』じゃないらしいよ」

「どういうことかしら」

「だから、後方彼氏面って、後ろのほうでいかにも恋人ですって態度をとってる人のことらしいんだ」

「えぇ、そうね。聖女様はそう言っていたわ」

「確かに俺は、クリスティーナが聖女候補として頑張っている姿を応援していた。でも、最近はこうやって近くに居ることが出来るだろ? だから、もう後方彼氏面じゃなくて、ただの彼氏面なんだってさ」

 にっこりと笑みを浮かべるアルバート。

「それを改めるつもりはあるの?」

「そりゃあるさ」

 良かったと心の底から思う。このまま姉離れが出来なかったら、アルバートは一生独身ということになってしまうからだ。

 でも、この「改めるつもりがある」という言葉。私が思っている意味と、アルバートが思っている意味、食い違っているなんてこの時は思いもしなかったのだった。


『彼氏面なんかじゃなく、本物の恋人になるんだ!』などとアルバートが思っているなんて…………ね。


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