晩夏〜君の声も全部、忘れたくないよ〜
 正直言って、彼女を好きだと思ったことは一度もなかった。
でも学校で静かに笑い、長い髪の毛を一つに束ねている彼女をいつも目で追っていた。

授業中に考え込むサクラ。
体育の授業で汗をかくサクラ。
夕方、眠気でウトウトしているサクラ。
雨の日に傘を持つサクラ。

時々目が合うと、心の底のほうで小さな火が灯る感覚を覚えた。

チリチリと焦げ付くその感情は、甘くて少しだけほろ苦い何かに似ていた。

高校3年の2月。
サクラが手作りのチョコレートを、震える白い手で渡してくれたことを思い出す。

「ありがとう」とぶっきらぼうに受け取った。
3月のお返しをしないまま、僕たちの学生生活は終わりを迎えた。

それを後悔したのは、10年が経った最近だ。

まさか彼女がその後、
白い病室で過ごすことになるとは、誰が想像出来ただろうか。

だから、僕の記憶に残るサクラはいつまでもあの制服姿をしている。

浴衣姿の一つでも見ておきたかったと後悔が残る。
今更どうしようもないけれど。
< 3 / 4 >

この作品をシェア

pagetop