晩夏〜君の声も全部、忘れたくないよ〜
 サクラなんて可愛らしい名前なのに、肝心の桜の花を見たのは何回だったか。

そしてこのりんご飴のように甘酸っぱい初恋は、誰かに打ち明ける前に終わりを迎えてしまった。

しかたがない。
そもそも自覚すらしていなかったのだから。

彼女の勇気に応えられなかった愚かさと、自分の幼さを悔やむ。
いや、これからも悔やみ続ける。きっと。

 晩夏。

もうお盆は過ぎてしまった。
でも灰色の石の前に、玩具をひとつ供えるくらいはいいだろう。

花も添えようか。
その方が見栄えもずっと良い。

「その指輪。ひとつください」

100円玉を3枚。店先のアルバイトへ渡す。
腕にカラフルな龍が彫られている彼は、無言で受け取った。

腰をかがめてしゃがみこむ。
宝石箱のように輝くそれらを僕は眺めた。

一番綺麗に見えるのを1つ選び取る。
思ったより軽い。

「これにします」

「まいど」

タバコを燻らす龍の使い手は、僕の顔も見ずに答えた。

和太鼓の音が遠くから聞こえる。
なんとなく懐かしい気持ちがした。

心地よいリズムが体の奥まで響く。
お祭りに来る理由が、ようやく分かった。

サクラの笑顔がよぎる。
頬に触れたら、きっと桃のように柔らかかっただろうと思う。

掌のなかにある指輪が、少しだけ滲んで見えた。

「会いたいよ」

口から不意に出た言葉に誰が気が付くだろうか。
龍も神も。

僕でさえもそれは無意識だった。

彼女の声を、そろそろ忘れてしまいそうだ。
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