ある夏の日、あなたに恋をした
 存分に波を楽しんで、そろそろ学校へ行く準備を始めようと砂浜へ上がる。サラサラとした砂を踏みしめながら歩いていると、前方に大きなキャリーケースを転がしている小さな背中を見つけた。何だか頼りない足もとに不安を覚えていると、予想通り、小さな背中がぐらっと傾いた。

 慌てて駆け寄り、その小さな体が地面へと着く前になんとか助け出す。軽くて華奢な体だった。そして花のような香りが髪やら体からした。女の人の体だ。そう頭の片隅によぎると同時くらいに、その小さな体の持ち主と目が合った。

 驚いた。その目の色が、随分と色素の薄いもので、とても綺麗だったから。

 ぼうっと見ほれていると、「あの」と声を掛けられた。慌てて抱きしめたままの体を離し、「すみません」と謝る。すると、その綺麗な女の人はくすくすと笑いだし「いえ、助けてくれてありがとう」と言った。

 続けて「君、ここの地元の子?」とも聞かれたので、素直に「はい」と返事をすると、「じゃあ加納達雄って人知らない? この街にいるはずなんだけど」と問われてびっくりした。

 なんで達雄さんの名前が出てくるんだ?

「達雄さんなら、そこのサーフショップの店長してますけど……」達雄さんの店の方を指差して答える。

「本当? まさか知り合いだったりする?」

「はい」

「良かったら案内してもらえないかな」美しい瞳に少しの不安の影を感じた僕は、自然と「いいですよ」と返事をしていた。

 右脇にサーフボードを抱え、左手で大きなキャリーケースを持ってあげると、女の人は「いいよ、自分で持つ」と慌てたようにキャリーケースを取り戻そうとしたけれど「あなた危なっかしいんで」と笑って言ってその行動を制した。

 俺の言葉にしゅんとする素振りが、大人の女の人なのに可愛らしいな、なんて思った。
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