ある夏の日、あなたに恋をした
 達雄さんの店へと戻る途中、女の人は自己紹介をしてくれた。名前は夏希(なつき)さんっていうらしい。だから俺も「渚です」と軽く名乗った。夏希さんに「渚くんは大学生?」って聞かれたから「高校生です」って正直に答えたら「いまどきの子は大人っぽいね。ってこういう言い方はおばさんくさいか」と言って微笑んだ。

 その笑顔がとてつもなく可愛くて「おばさんなんかじゃないですよ」ってきざな言葉が自然と出た。俺の言葉に軽く驚いて赤くなるその表情も可愛らしいな、と思った。

 恋に落ちるときは突然落ちるものなんだと実感した。俺の左を歩く夏希さんを見ると、何故か胸がざわざわする。その色素の薄い瞳に俺を写して欲しいと思う。これが恋じゃないのだとしたら、なにが恋だっていうんだ。

 今まで感じたことのない妙な胸の高鳴りと心臓が早鐘を打つのを必死でポーカーフェイスで隠しながら、砂浜を夏希さんと一緒に歩いた。歩き慣れたはずの砂浜も、夏希さんと一緒だと特別なものに思えた。ただ肩を並べて歩いているだけなのに、その時間がとても幸福に包まれていた。

 達雄さんの店に戻ると、達雄さんは夏希さんを見て、まるで幽霊でも見たかのように顔色をなくした。そして、「夏希」とだけ言葉をこぼした。

 そんな達雄さんを見て、夏希さんは「お父さん、久しぶり」と言って、その綺麗な瞳から涙を流した。その涙すら美しくて、一人蚊帳の外の俺はじっと夏希さんの目から次々とあふれ出す涙の粒を見つめていた。
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