ある夏の日、あなたに恋をした
 固まったままのその状況を何とかしようと、俺が「達雄さん、子供いたの?」と声を掛けると、達雄さんは「ああ」とだけ返事をした。いつもの達雄さんらしくない覇気のない声だった。そして、夏希さんに向って「夏希、帰りなさい」と冷たい声で言い放った。

 達雄さんの言葉に明らかにショックを受けたような様子の夏希さんが不憫で思わず「達雄さん、何言ってんだよ」と声を荒げたけれど、俺の声よりも大きな声で「子供は黙ってろ!」と怒鳴られた。達雄さんに怒鳴られたことなんてない俺は心底驚いた。

 「お父さん、ごめんなさい」そう言って、俺の腕を引いて店から出ようとする夏希さんにされるがままついて行った結果、また海へと舞い戻った。

 海には癒し効果があるんだぞ。って俺に教えてくれたのは達雄さんだったはずだった。そして今、泣き腫らした顔で「海って癒し効果があるんだよ」と同じことを言う夏希さんは間違いなく達雄さんの娘だろう。一体、この親子には何があったのだろうか。聞いてもいいんだろうか。そう考え込んでいる俺を見かねて、夏希さんは「私が悪いの」とぽつりこぼした。

「お父さんとお母さんが離婚するとき、私はお母さんを選んだ。それを今更お父さんに会いたくなったから訪ねてきました。なんて虫が良すぎるの」

 そうなのだろうか? 子供な俺にはよく分からない話だった。腑に落ちない、とも思った。

 もし大人になれば分かるのだとしたら、俺は大人になんてなりたくない、と感じた。
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